第144話 ピアノの話 後篇 ~良い演奏とは~

「ピアニストが弾くノクターン2番を聞いてみたい」と思いついて、何気なく検索してたまたま見つけたダニエル・ハリトーノフのピアノリサイタルは・・・

殆ど席は埋まっていましたが、音が最もきれいに聞こえると言われているホール2階の中央席が残っていて、偶然の重なりに運命を感じずにはいられませんでした。

昔、母に誘われて中村紘子やフジコ・ヘミングを聞いたことはありましたが、自分の意思でクラシックのピアノコンサートへ行ったのは初めてでした。

ハリトーノフは、忙しそうに登場してピアノに駆け寄りました。

第二部も、2度のアンコールも、登場する時は常に、お笑い芸人のように勢いよく出てきて小走りでピアノに駆け寄っていました。

そして、一曲弾き終わる度に

こんなポーズをとりました。

ノクターン第2番も、今まで聞いたことのない演奏でした。

例えば、曲の最後のこの部分ですが、

左手の高いシの音の響きを意識して、鐘の音をイメージしながら弾くと美しく聞こえると、何人かのユーチューバーピアニストが言っていたので、それが良い弾き方だと思っていました。

しかし、ハリトーノフはこの部分にアクセントを付けて弾いていました。

右手と左手が呼応してメロディを作り、全然違う種類の鐘の音が聞こえました。

帰宅して、さっそく真似して弾いてみましたが、余裕で弾けるフレーズでも、アクセントを変えるだけでリズムが狂って指がもつれました。

でも…

このポーズはめちゃくちゃ気持ち良く真似できました。

ところで、私がノクターン第2番を弾くようになったのは、今から7年ほど前、吉ちゃんが小学4年生の頃に、同級生のピアノ発表会を見に行き、大人になってからピアノをはじめたという男性が弾いたノクターン第2番を聞いたのがきっかけでした。

強弱など曲の表情は全くつけず、非常にゆっくり、間違えないように、途中で止まらないように、最後まで弾くことだけに全力で挑む、まるで綱渡りのような演奏でした。

無事に最後まで演奏し終わったその男性の表情は、とても満足そうでした。

なぜだか、そんなふうに思わせてくれる演奏でした。

ちなみに、まだまだ弾けませんが、ラ・カンパネラを弾きたいと思ったのは、フジコ・ヘミングの演奏を聞いたのがきっかけです。

良いピアノ演奏とは?という質問には、表情豊かに歌うような演奏、作曲家の予想した音楽すら超越した演奏、リラックス効果で聞く人を眠らせる演奏など、いろいろな答えがあると思いますが、私にとっては、「この曲、弾いてみたい!」と思わせてくれる演奏かな?と思います。

(津川聡子 作)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

津川聡子作「やっとこ!サトコ なう」「第144話 ピアノの話 後篇 ~良い演奏とは~」いかがでしたでしょうか。私はなんと先日、津川聡子さんのノクターン第2番を生で聞かせてもらいました!動画で聴いた時も良かったですが、生で聴くとまた格別で、演奏者の人柄、ピアノにこめる思い、意外な一面など、その人の「知っている部分」と「まだ知らない部分」が表とか裏とかでなく同時に見えてくる密度がとても濃く、幸せな時間でした。コンサートでなくても、カラオケくらいの感じで身近な人の演奏を聴く機会がもっとあればいいのにと思いました。
さて、演奏欲に火をつけるのが良い演奏というのは興味深いです。演奏に限らず、「やってみたい」と人に思わせるには、あまりに難しくて超絶技巧を誇っていてはハードルが高すぎるところはわかりますが、じゃあ簡単そうならいいわけはなく、シンプルでいて伝わるものが非常に大きい「何か」なんでしょうね。高い技術を誇るプロの演奏家でありながら真似してみたくなるハリトーノフ、偉大!!

「やっとこ! サトコ なう」へのご感想・作者へのメッセージは、こちらからどしどしお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに♪

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