純白の紙に箔押しが施された瀟洒な招待状を見せると、ガードロボットは優雅に一礼してドアを開けた。
バーコードも印刷されていないし、紙に透かしも入っていないが、本物のレディMからの招待状であることを、ガードロボットの電子の眼は認識したようだ。
私は、トレンチコートに中折れ帽といういつものスタイルで、フェアードマン商会の建物に足を踏み入れた。
中は天井も壁も透明で、迷路のようだ。どこへ向かったらいいのかまるでわからない。立ち往生していると、目の前の透明壁の後ろに、見覚えのある顔があらわれた。
「こんにちは」
壁を回ってこちらにやってきた緑の髪のヒューマノイドは、メイド服のスカートを両手でつまんであいさつした。
「やあ、久しぶりだね。今のきみはエムニ? それとも……」
「レディMのフレームモデルは、今は使ってないよ。同じ場所に同じ思考を持つボディが2つある必要はないからね。でも、エムニでもいいよ。あなたがそう呼びたいなら」
「もともとの名前は何というんだ」
「レディMに聞いたら? ボクを作ったのは彼女だから」
質問に答えないとは、変わった人造体だ。レディMは、よほど個性的なフレームモデルを彼/彼女に与えたらしい。
私たちは透明な廊下を進んだ。何度か角を曲がったところで、突然ひらけた場所に出た。
私は一瞬、平衡感覚を失った。上下が反転したような錯覚に陥ったのだ。
先に進んだエムニの姿を見て、そこが天井の高いホールで、円形の床は一点の曇りもない鏡面であることがわかった。その鏡に、周囲の透明な構造体がくっきりと映り込んでいる。
私も、エムニにならって床の真ん中に進み出た。すると、周りの壁が音もなく下がり始めた。
いや、違う。
床が上がっているのだ。
見上げると、はるかかなたに円形の空が見えた。これは、屋上へ通じるエレベーターなのだ。
床は少しも振動を感じさせず、なめらかに上昇を続け、思ったより早く屋上に到達した。
私とエムニの乗った床が、最上階の床の高さと合うと、どのような技術か、継ぎ目がスッと消えて無くなった。
くっきりと空が写り込んだ鏡の床が、ひろびろと広がっている。
若草色のドレスを着た馬人女性が、宙を歩くようにこちらにやってきた。
私もそちらへ歩み寄った。
レディMは、控えめな微笑みを浮かべてお辞儀をした。
「ようこそいらっしゃいました。本来ならこちらからお伺いするところですのに、およびたてしました非礼をどうかお許しください」
「滅相もございません。またお会いできてうれしく思います」
レディMはそこで、言い訳を探すように視線を宙にさまよわせた。
「入り口までお出迎えすることもしないなんて、さぞかし非常識な人間だとお思いでしょうね。……じつは私、低所恐怖症なのです」
思わぬ打ち明け話に、私は虚をつかれた。と同時に、微笑ましい気持ちにもなった。完全無欠に見えるレディMにも弱点があったのだ。
「出迎えなど、気にも留めておりませんでした。招待していただいただけで身にあまる光栄です。まったく恐怖心を持たない人間などおりませんよ。私など、怖いものだらけです。例えば、ノルアモイ」
その名を口にするだけで縮み上がる思いだったが、欠点を打ち明けてくれたレディMに敬意を払う気持ちがあった。
するとレディMは、思いがけないほど真剣な表情になった。しかし、それは一瞬だけで、すぐにまた控えめな微笑みに戻った。
「どうぞあちらへ。昼食をご用意しております」
レディMが示した方を見ると、鏡の床にいつのまにかテーブルと椅子が出現していた。
アンティークなデザインだが、色は白で、曲線を多用した軽やかな造形はこの場にとても合っている。
二人分の食器がセッティングされたテーブルの傍らにはすでに、エムニがかしこまって立っていた。
(第二十四話へ続く)
(by 芳納珪)