版画とちいさなおはなし(35)

「鏡」

大鴉が、古道具屋に魔鏡を持ち込んだ。

「売った金で、孫にタブレットPCを買ってやろうと思ってね。こんな鏡よりもよっぽどいろんなことができるから」
「なるほど。動作確認させていただいても?」

店主にうながされ、大鴉はおごそかに呪文を唱えた。

鏡の中に、海があらわれた。
青い海原には無数のさざなみが立ち、うすぐもりの光をやわらかにはね返している。
沖合には小さなふたつの島がのどかに浮かんでいる。
何の変哲もない景色だが、奥行きと広がりがあり、手前の波からはしぶきが飛んできそうだ。

「問題ないようですな。買い取りいたしましょう」

何気ないふりを装いながら、店主の心はすっかり鏡にとらわれていた。
鏡の中の景色には、目を離せなくなるような不思議な魅力がある。
これを体験したら、液晶画面なんかペラペラのざら紙同然だ。

大鴉は、ほっとしていた。孫は納戸の奥から魔鏡を見つけ出し、そこに映る景色に魅せられ、部屋から出なくなってしまったのだ。
過ぎたるは及ばざるが如し。タブレットPCぐらいがちょうどいいのだ。

(版画・服部奈々子/おはなし・芳納珪)

☆     ☆     ☆     ☆

服部奈々子さんの個展が開催中です

◆服部奈々子木版画展「草木もものいうころ」
会場:コーヒー&ギャラリーゑいじう(新宿区荒木町22-38)
会期:2022年7月13日(水)〜7月21日(木)11:00 〜19:00(会期中無休)

新作に加えて、月刊「清流」(清流出版株式会社)に連載中の内館牧子さんのエッセイ「消えた歌の風景」および、同名書籍(同社)のイラスト原画も展示します。

服部奈々子ゑいじう個展

服部奈々子さんの木版画をたくさん観られる貴重な機会です。どうぞご来場ください!

消えた歌の風景 内館牧子

amazonで見る

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・漫画・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter