
挿絵:服部奈々子
「きさま、花恵さんを花に変えてしまったのか! きさまの先祖が原地球人を作り変えたように!」
私は、湧き上がる怒りに我を忘れて、アマト・エースにつかみかかろうとした。
そのとき、
「やめてください!」
50個の声が重なった。
ほぼ同時に、私はロボットたちに取り押さえられた。
「花の姿になったのは、もともと私が望んでいたことなのです。アマト博士は悪くありません」
私は目だけを動かして声の方を見た。モニターの中の花恵がしゃべっている。だが、その動きはどこか不自然だ。この映像は作り物なのだ。
自ら望んだ、だと?
人間の体を捨て、花になったことが?
くそっ、なんてこった。
「花恵さん、私は、あなたを探し出すようにご主人から依頼されたのです」
映像の花恵は、顔を曇らせた。
「とうとう……見つかってしまったのですね」
「さよう。私は依頼人にあなたの所在を報告しなければなりません。できることなら、ご同行願いたいのですが」
私はしゃべりながら、鉢とモニターの接続部分を観察した。
全ての花の鉢から伸びたコードは、いったんコネクタのようなものにつながり、そこからまたそれぞれのモニターに枝分かれしている。これでは、どの花が花恵なのか、かいもく見当もつかない。
50個の花恵が、曇った表情のまま、口を開いた。
「私の両親は、原地球人のコミュニティから離れて自由な暮らしをしていましたが、事業に失敗してお金が必要になりました。私は両親を助けようと、お金持ちの水星人と結婚することを決めました。愛はありませんでしたが、なんとか耐えられるだろうと思ったのです。でも……結婚生活は想像以上にひどかった。夫となった水星人は、たびたび私に暴力を振るったのです。私は現実から逃避するようになりました。そんな中、ひとつのイメージが、私の頭の中で次第に大きくなっていきました。……アマト博士の『花』です」
そこで、アマト・エースが口を挟んだ。
「この軌道上の研究所を作る準備をしていたとき、地上で花恵さんに仕事を手伝ってもらったことがあった。同じ原地球人として気にかけていたが、彼女の一家はコミュニティとの関係を絶っていたので、仕事の契約が終了すると、彼女との連絡は途絶えてしまった。
それから数年がたった。そして先日、軌道上を漂っていたレンタル・シャトルからの救難信号をキャッチした。回収して中を確認すると、そこにいたのは虫の息の花恵さんだった……。
もともとこの研究は、人間を花に変えようとして始めたのではない。ただ、地上から失われた花を復活させたかっただけだ。しかし研究の副産物として、『意識』を持った花ができていた。私は、生命の危機にある花恵さんの意識を、花に移植することを試みた。彼女を助ける道はそれしかなかったのだ。そして、その実験は成功した」
「それはまさに、私が望んだことでした」花恵が話を引き取った。
「私は幸福です。この姿なら、水と光とわずかな養分だけで生きることができ、誰かを傷つけることも、傷つけられることもありません。後悔などしていません。ただ、一つだけ心残りがあるとすれば……私には結婚前に、深く愛し合っていた人がいました。その人は金星へ行ったまま、音信不通になってしまったのですが……もう一度、会いたかった……」
そのとき上の方から、しゅるっ、とロープのようなものが伸び、一つの鉢に巻きついた。
レオネの舌!
先にどこかへ行ったのかと思っていたが、ずっと一緒にいたのか。
私はすかさず叫んだ。
「ムラマサ!」
一瞬の間をおいて、万能銃の「村正」が、風を切って飛んできた。
私は唯一自由なくちばしで、銃を受け止めた。
頼りになるこの相棒には、音声認識機能がついている。
コロニーに到着したときに取り上げられて、ロボットの体のどこかに収納されていたが、持ち主である私の声に反応して、やってきてくれたのだ。
「解除、撃て!」
くちばしでくわえたままの滑舌で認識してくれるか不安だったが、村正は私を取り押さえているロボットのアームを見事に撃ち抜いた。
その間にレオネの舌は、鉢をそっと持ち上げ、くるくると巻きとった。
ロボットから自由になった私は、ガラスドームの天井を見上げた。
ちょうど、巻き上げられた鉢が消えていくところだった。レオネが、保護色になった体の下に鉢を隠したのだ。舌だけは、保護色にならないらしい。
私は万能銃を構えた。
わざと見当違いの場所に狙いを定めるふりをする。
しかし、私には見えているのだ。
確かにレオネの体と服は、ガラスドームの骨組みにはうまく同化している。
だが、透明なガラスを通してはるか遠くに見える、コロニーの内壁の色は拾えていない。
骨組みからはみ出した部分は「どんなにじょうずにかくれても……」なのだ。
「やめろ!」
背後でアマト・エースが悲痛な叫び声をあげた。
それを合図に、私は一瞬で銃口の向きを変え、発射ボタンを押した。
レオネのカメレオンコートの背中に、赤い染みが広がった。
(第十五話に続く)
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