〈赤ワシ探偵シリーズ1〉フロメラ・フラニカ第七話「フロメラ・フラニカ」

紙魚たちが閉架書庫に入ってから、数時間が経っていた。その間、私は開架室で『長いお別れ』を読んでいた。もうほとんど暗記しているのだが。

私は本から目をあげ、あたりを見回した。

……どうもさっきから、誰かに見られているような気がする。

そのとき、紙魚たちが戻ってきた。
銀色の賢い虫たちは、音もなく床を這ってきて、ズボンの裾から入って耳まで登ってきた。

「ああ素晴らしかった」
「久しぶりだものな」
「こっちはひどい目にあった」
「災難だったな」
「だが全員無事で何よりだ」

われわれ鳥類の耳には耳たぶがなく、ぽっかり空いた穴が羽毛の中に隠れている。紙魚たちはおしゃべりしながらその穴の縁を這い回るので、くすぐったくてたまらない。
ひとしきりざわついたあと、彼らは本題に入った。

「わかったよ」
「『フロメラ・フラニカ』の意味」
「わしが見つけた」
「コードネームだ」
「軍の極秘研究だったが」
「去年秘密解除された」
「軌道上に研究コロニーがあった」
「が、打ち捨てられた」
「ということになっているが」
「マッドサイエンティストが一人で研究を続けている」
「というウワサがある」

私は席を立った。質問を発するには、ここは静かすぎる。『長いお別れ』を書棚に戻し、重厚な扉から外へ出た。

「どういう研究だったんだ?」
歩きながら、口の中で呟いた。これで、耳の穴の縁にいる連中には聞こえる。

「内容はわからん」
「秘密解除になった、ということが書いてあっただけだ」
「軍の文書課で閲覧できるんじゃないか」
「あそこの本には食指が動かないな」
「ありゃ本じゃない。ただの紙の束だ」

「しかし、コロニーでの極秘研究が水星人の妻とどんな関係があるんだ?」
写真から残留思念を読み取れるほど強く念じていた言葉。彼女は何をそこまで思いつめていたのだろうか?

「行ってみればわかるんじゃないか?」
紙魚の一匹はそう言って、キシシシシ、と耳障りな笑い声をたてた。

「軌道上へか? バカな」
私は吐き捨てた。格安シャトルを使ったとしても、水星人から受け取った前金ではとてもたりない。

とりあえず見舞いを兼ねて、ここまでの経過を依頼人に報告することにした。

ところが、水星人を運びこんだ医者に行ってみると、面会謝絶だった。
助かるかどうか、五分五分といったところだな。熊の医者は浮かない顔でそう言った。

私は、依頼人が危篤だということに動揺した。
そのせいで、帰りの道すがら、注意が散漫になっていたようだ。

もう少しでレッドイーグル探偵社に着くというとき、とつぜん首に何かが巻きつき、私は脇道に引きずりこまれた。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

(第八話に続く)

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