カテリーナは続けた。
「夫は、銀猫人の言い伝えを地道に収集して分析し、交響曲ニフェ・アテスが作られた年代を推定しました。ちょうどその年代に、四角石が記録媒体として使われていたとされることから、ニフェ・アテスの演奏音源か、楽譜の情報を保存した四角石が存在するという仮説を立てたのです。そんな話、私にはほとんど妄想としか思えませんでしたが、夫からいつも聞かされて育った息子は違いました。あの子は働ける年齢になるとすぐに発掘作業員になり、あちこちの現場に出向いたのです。でも、発掘現場といっても、広大な下層のほんの一部です。一介の作業員が都合よく目当てのものを探し当てることなんて、できるはずがありません。そう思っていたのですが……」
「息子さんは見事に探し当ててみせたというわけですね」
私が指摘すると、カテリーナはしずかにうなずいた。
「半年ほど前から、夫は病気が重くなり、起き上がることができなくなりました。泊まりがけの発掘現場からたまに帰ってくる息子と、ニフェ・アテスの四角石の話をすることが唯一の楽しみのようでした。数日前からいよいよ危なくなって、私は覚悟しましたが、息子の次の帰宅予定日まで保ちそうにないのが気がかりでした。ところが息子は予定よりも早く帰ってきたのです。奇跡を持って」
ジョーの喉が「ぐきゅる」と鳴った。トトノフスキイ一家が体験した奇跡の瞬間に立ち会っているような気がしているのかもしれない。
「その石の表面には、刻印がありました。ラベルのようなものだそうです。私には読めませんが、古代銀猫人語を研究していた夫と息子には読むことができたのです。『ニフェ・アテス』と。夫はその文字を見て満足したような笑みを浮かべ……息を引き取りました」
カテリーナは、ほうっと息を吐いた。
私とジョーはそれぞれお悔やみを述べた。
「お葬式が終わるとすぐに、アレキセイは四角石の再生装置を探すために出発しました。少し休んでからにしなさいと言ったのですが、聞く耳を持ちませんでした。帰ってきてから水葬がすむまで一睡もしていなかったのに」
「そのことでしたらご安心ください。彼はうちで十分に休養していきましたよ」
ジョーの言葉に、カテリーナは首をかしげた。
「休養? お店で働いたのではないのですか?」
「そうです。とてもよく働いてくれました。素晴らしいミュージシャンとして、ここにいるうちの常連客をもてなしてくれましたよ。仕事が終わったあとは、次のステージのためにたっぷり栄養と睡眠をとってもらいました。体のメンテナンスも、ミュージシャンの仕事のうちですからね」
「まあ、あなたはそこまであの子の面倒を見てくださったんですのね。お礼を言わなければならないのは私の方ですわ」
カテリーナは初めて笑顔を見せた。ジョーのおかげで、打ち解けてくれたようだ。私はジョーに感謝しつつ、核心に迫る質問をした。
「再生装置はどこにあるのか、奥さんはご存知ですか?」
「詳しい場所は私は知りません。でも息子には心当たりがあったようです」
「ご主人から聞いて知っていたということですね。ご主人の研究ノートのようなものはありますか?」
「ございます」
カテリーナは奥の部屋へ行き、ノートの束を持って戻ってきた。全部で6冊。
私は丁重に礼を言って受け取った。
ページをめくってすぐに、異状を発見した。
紙魚を使って調べ物をするのは、私の専売特許ではない。
が、うちの紙魚たちは特別にしつけが行き届いている。こんな汚い食べ跡は残さない。
「奥さん、ご主人のご葬儀がすんだあと、誰かたずねてきませんでしたか」
私が聞くと、カテリーナはさっと顔を曇らせた。
「ひとり来ました。主人の元同僚だと言っていましたが、あとから考えるとおかしな感じでした」
それで彼女は、私たちが来たときにあんなに警戒していたのだ。
どうやら、急いだ方がよさそうだ。
(第十一話へ続く)
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