羽ばたき集団はあっという間に我々を取り囲むと、攻撃を加え始めた。ホバリングしながらキックを繰り出しているようである。打撃力は大したことないが、腕で顔をしっかり覆わなければ目も開けられない状態で、このままでは一歩も前に進めない。
「コウモリ人の群れです! 地図にはもっと奥にいると書いてありましたが!」
同じように攻撃を受けているジョーが解説してくれた。
コウモリ人は元来、好戦的な種族ではない。この騒ぎはどうしたことだろう。
「我々はここを通り抜けたいだけだ! 攻撃をやめてくれないか」
私は叫んだ。
ややあって、羽ばたきとキックのシャワーがピタリと止んだ。まるで、誰かが合図したように。
ジョーと私は背中合わせに立った。さすが元不良猫、戦闘の基本も心得ている。
コウモリ人たちは、私たちをぐるりと取り囲んでいた。三十人、いや五十人ほどいるだろうか。背丈はジョーと同じくらい。全員が顔の下で両手を交差して、全身をマントで包んだように細長い形になっている。
輪の一部が切れて、一人の風格あるコウモリ人が進み出た。
彼が口を開くと、キィーンとキリで頭を貫かれるような音がして、私は思わず耳を押さえた。
「……のくらいのレベルでいいだろうか?」
声が普通に聞こえるようになった。私は耳から手を離してうなずいた。
「頭領の千夜(せんや)と申す。若い衆が失礼をした」
そういう頭領自身がまだ若者のようだ。そしてなかなかの男前である。声のトーンは調節できるようだが、今の声はその見た目にふさわしい、歯切れの良い美声だった。
「じつは昨日来た侵入者が、大光量の照明弾を使ってな。急に発せられる強い光は、我々にとってはかなりのストレスだ。群れの中には妊婦や病人もいる。それで自警団の警戒が過剰になってしまったのだ。まことにあいすまない」
「赤ワシだ。西区で探偵をしている。こちらは相棒のジョー。照明弾を使ったのはマスチフ人かね?」
「さあ、混乱していたのではっきりとはわからなかった。探偵どのはそいつを追いかけておられるのか?」
「そうだ。どちらへ向かったかわかるかね」
千夜は迷いなく、ある方向へ腕を伸ばした。
「顔は目視できなかったが、動きは超音波でとらえた。あちらへ去っていった」
「どうもありがとう。騒がせてしまってすまなかった」
「こちらこそ、とんだご無礼を許されたい」
若き頭領は、胸に手を当ててお辞儀をした。
我々も挨拶を返し、踏み出した。すると、それまで直立不動を保っていた自警団が、ザッと両側に分かれて花道を作った。
そうか、と私は気づいた。頭領が、我々には聞こえない超音波で指令を出しているのに違いない。攻撃が突然止んだのも、そういうわけだったのではないか。
私とジョーは落ち着かない気持ちで花道を通った。
「下層の様相は常に変化している。深みに行くのであれば、くれぐれも気をつけられよ」
千夜の歯切れの良い美声が追いかけて来た。私は振り向いて、軽く手を振った。
爽やかな頭領の言葉に、思いがけず勇気づけられた気がした。
(第十四話へ続く)
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