元警官で今は私立探偵のサムは、どっかと腰を下ろした。
マタタビ・スプレーが効いているジョーは、ごろにゃんと幸せそうに転がっていたが、眠ってはいないようだ。
「夕食がまだなんで、ここで失礼してもいいかな?」
サムはバックパックから食料品を取り出しながら言った。この男の主食は昔から変わらない。カッパじるしのビーフジャーキーだ。
「もちろんだとも。私はもう食べたから、コーヒーを入れるとしよう」
たしかにサムの言うとおり、この状況で反目しあうのは得策ではない。お互い、まずは生き延びることが大事だからだ。
サムは分厚いビーフジャーキーを紙のように噛みちぎりながら話し始めた。
「俺の依頼主は音楽アカデミーだ。幻の交響曲『ニフェ・アテス』を探すよう依頼された」
「やはり、カテリーナさんのところに行ったのはあんただったのか。しかし、おかしいな。音楽アカデミーは『ニフェ・アテス』の存在を認めていないと聞いたが」
「そんなことは俺は知らん。アレキセイ・トトノフスキイが不遇のうちに死んだので、世間から非難される前に名誉回復をはかっておこうとでもいうことなんじゃないか」
「うーむ、いまいち釈然としないが……では、あんたの目的は『ニフェ・アテス』の曲そのものなんだな」
「そうだ」
「で、カテリーナさんに無断でトトノフスキイ氏の研究ノートを紙魚に読ませたと」
「紙魚は食事をしただけさ。俺はやつらから世間話を聞いただけ」
「カテリーナさんの家から出て行った息子のアレキセイの匂いを追ったんだな」
「ここまできて見失っちまったがな」
私は携帯用コンロに水の入った鍋をかけ、コーヒー粉を測りながら内心で舌打ちした。全然気がつかなかったが、サムはアレキセイがかくまわれていた山猫軒を見張っていたのだ。でなければ、我々がアレキセイを追っていることを知っているはずがない。
「さて、俺は話したぜ」
サムは胸を張った。次はおまえの番だというわけだ。
マスチフ人の顔にはいちめんに深いシワがあり、表情が読み取りにくい。
が、とりあえずは本当のことを話していると思おう。
「私は考古省から依頼を受けた。発掘現場からアレキセイが持ち出した『四角石』の捜索だ。もう一つ、そこのジョーから、アレキセイ本人を探して欲しいという依頼も受けているがな」
「ほう、すると俺たちの目的は別々でありながら目標は同じというわけか。君たちは四角石そのものとアレキセイが欲しい。俺は四角石の中にある曲が欲しい。そしてこの三つは一緒になっているんだからな。協力するにはうってつけじゃないか」
脳裏に、カテリーナの声が蘇った。
——四角石の中身を再生装置で確かめるまで、待ってはいただけないでしょうか?
サムがアレキセイを脅して再生装置を見つけさせ、四角石と再生装置の両方を強奪しないという保証はどこにもない。そうなったらカテリーナの願いは叶わない上に、私の考古省のほうの仕事もおじゃんだ。
沸いた湯をコーヒー粉に注ぐと、なんともいえないいい香りが漂ってきた。
淹れたての熱いコーヒーをひとくち飲むと、身体中に満足感が広がり、疲れが消えていく気がした。
「……わかった。協力しよう」
「決まりだな」
サムは笑ったようだった。差し出された分厚い手を、私は軽く握った。
アレキセイを見つけるまで、とりあえず様子見だ。大人の判断である。
時計を見ると、もう夜も更けていたので、我々はそこで野営をすることにした。時計と一体になっている高度計は、65階を指している。101階にある博物館のそばの点検孔から忍び込んでから、じつに36階層分下ってきたわけだ。
サムは頭の上にむきだしになっている鉄骨に、何か小さな装置をぶら下げた。それはなんだと聞くと、害獣よけの超音波発生装置だと答えが返ってきた。
寝ようとする段になって、ジョーが正気に返って、サムと手を組むことに異議を唱え出した。なんとかなだめると、彼はブツブツ言いながら、荷物から弁当箱を出していなり寿司を食べ始めた。
まだあったのか。私は感心を通り越してほとんど呆れながら、眠りについた。
(第十八話へ続く)
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