〈赤ワシ探偵シリーズ2〉ニフェ・アテス第二十七話「飛翔」

果樹林で撃ち合いながらサムと間合いを詰めようとしたが、なかなかうまくいかなかった。万能銃を低出力にして生け捕りにしたいのだが、有効距離が短いのが難点である。一方サムの銃は旧式の拳銃なので、あまり近づくとこちらが危ない。
いったん天井を支える柱の影に逃げ込んで、息を整える。

頭の上で、パタパタ……と音がした。
さっと銃をそちらに向けると、
「待たれよ!」
と歯切れのいい声。

一人のコウモリ人が、ホバリングしていた。

「闇名ともうす。『上』の千夜からあなたがたのことは聞いている。長老アトラからの要請で、出口までご案内する」
「出口?」
「天井裏から外に出られる。そこから西区へ飛べばよい」
「しかし、一人で行くわけにはいかない。傷ついた仲間がいる」
「安心召されよ。すでに長老と相談の上、一族の者が誘導している」

闇名と名乗ったコウモリ人は、羽ばたきながら顔の向きを変えた。
そちらを見ると、礼拝堂の裏手に位置する柱の側面を、ジョーが駆け上って行くところだった。口にくわえているのは、アレキセイらしい。上ではコウモリ人が先導し、下ではアトラとレムリが見守っていた。

後ろで、ざあっと音がした。振り返ると、さっきまでサムがいたところに黒い柱ができていた。おびただしい数のコウモリ人が襲いかかっているのだ。

「あのマスチフ人は、照明弾によってわれら一族と輩(ともがら)の日常を二度までも脅かした。長老の要請ではあるが、われらが報復をする絶好の機会でもある」
「やつも根っからの悪人じゃないんだ。あまりひどいことはしないでくれよ」
コウモリ人は低く笑った。
「目には目を。されたことと同等の仕返しをするまで」
つまり、コウモリ人にとっての照明弾と同じレベルの痛めつけということだ。心配することはなさそうだ。

闇名が急かすので、万能銃でナノフィラメントを天井に打ち込み、巻き取ることによって体を上昇させた。礼拝堂の横で、アトラとレムリがこちらを見上げていたので、手を上げて別れの挨拶をした。
最後に、のどかな農園の全景を見渡し、目に焼き付けた。

天井裏は、発光パネルの隙間から漏れる光でぼんやりと明るかった。立ち上がれる高さはない。闇名の誘導で、隙間から落ちないように気をつけながら這うようにして進む。
やがて、発光パネルの領域から出た。立てる高さになったが、構造躯体が縦横に走っていて、床も平らではない。明るさもなくなってきたので、ヘッドランプをつけようとすると、闇名が制した。

「小生の体に発光成分が塗りつけてある」

コウモリ人が強い光を嫌うことを思い出し、私は闇名に従った。
発光パネルの光が届かなくなると、真の闇になった。来るときにあれだけはびこっていた発光キノコもここにはない。構造躯体に頭をぶつけ、床の凸凹につまずきながら、ぼんやりと光る闇名を追った。
その区間も終わり、ようやく平らな床の通路に出た。

「ここをまっすぐ行けば出口だ。お仲間も先に来ている。我々はいきなり外の光を見ることができない。ここで別れだ」
「かたじけない。恩にきる」

コウモリ人の喋りかたが移ったかもしれない。
闇名が去ったあと、ヘッドランプをつけ、片側の壁に手を当てて進んだ。
光の輪の中に、アレキセイを抱えて大きな鉄の扉に寄りかかっているジョーが現れた。

「ジョー!」
隻眼の鯖猫人は、膝の上のアレキセイから目を上げた。いつもの穏やかな彼に戻っている。
「サムは追って来るでしょうか」
「コウモリ人たちが痛めつけていたから、大丈夫だとは思うが」

ジョーは安心しきれない様子で再び俯いた。アレキセイは目を閉じてじっとしているが、眠っているのとは違うようだ。瞑想している感じに近い。

「アレキセイはどうなったんだ」
「暗記に集中したために、一時的に体の活動が低下している状態だそうです」
「自分も手負いなのに、そんな状態のアレキセイを連れて脱出を図るとは、いくらなんでも無茶が過ぎるぜ」
「こうするよりほかなかったんです。アレキセイは今や『ニフェ・アテス』の生きた記録媒体となりました。なんとしてもサムから逃れて、一刻も早くアレキセイの名前で楽曲を公表してしまわなくては」
「ふむ……とにかく、この扉を開けてみよう」

鉄の扉には、原始的なかんぬきがあった。それをはずして力を込めると、ゴゴゴ……と音を立ててスライドした。
冷たい風と、白い光が容赦なく襲った。「外」だ。
扉の外は、テラスのような張り出しになっていて、すぐ下に海面があった。荒々しく渦巻く波の間には、立体都市の先端のような建造物が、廃墟となって林立している。しぶきと霧の向こうに、我々が帰るべき西区の根元がかすんで見えた。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

生き物の気配が感じられない、荒涼とした景色だ。こんなところは一刻も早くおさらばしたい。
私に続いて、アレキセイを抱えて出てきたジョーが、がくりと膝をついた。アレキセイを下ろし、自分もその横にぐんにゃりと崩れ落ちる。
明るいところであらためて見ると、ジョーの顔色はひどく悪かった。二の腕の銃創からの出血は止まっているが、おそらく雑菌が体内に入っているだろう。私は救急セットを出してジョーの傷口を消毒し、包帯を巻いて、抗生物質を飲ませた。

「アレキセイだけ連れていってください。その方が早く、確実に帰れるでしょう。戻ったらすぐに、暗記した曲を譜面に起こさせてやってください。私はここに残ります。夜になればコウモリ人たちが来て、運んでくれるそうですから、それで帰ります」

手当てを受けながら、ジョーは弱々しく訴えた。
日は沈みかけていたが、完全に暗くなるまで待って、それからコウモリ人のパタパタ飛びで行ったら、西区に着くのは一体いつになるだろう。

「赤ワシの飛行能力を見くびってもらっちゃ困るな」

それだけ言うと、私は準備に取りかかった。
バックパックから必要最小限のものだけを取り出して、服のポケットに移した。コウモリ人とアトラに当てた短い伝言メモを、出てきた扉の内側に置き、そのバックパックで重石をした。
それから探偵七つ道具のロープを使って、ジョーを背中に、アレキセイを胸にくくりつけた。重量的には問題ない。

翼を広げて飛び立つ。

逆巻く波が廃墟にぶつかり、冷たいしぶきとなって襲う。
急角度で上昇する。
錆と腐蝕の世界を離れ、重くからみつく霧を抜け、上へ、上へ。
雑多な生命が多様な生活を営む街へ。

西5塔143階の「月世界中華そば」の店先にすべりこんだのは、丸々としたおかみさんが店じまいをしている時だった。
腰を抜かしそうになっているおかみさんに驚かせた詫びをいい、二人の世話を頼んだ。

倒れ伏した地面の冷たさをほおに感じながら、おかみさんとジョーの会話を遠く聞いた。

「山猫軒のだんな、いま、お医者を呼びましたからね。気を確かにお持ちくださいよ。それから、こちらのぼっちゃんはどうなすったんです」
「五線譜を……その子に」
「へっ、なんですって!? 五千?」
「五線譜です。音楽の、楽譜を書く紙です。文具屋のだんなに言って、ありったけの五線譜を買ってください。ツケは山猫軒に……」

そこで、私の意識は闇に包まれた。

(第二十八話へ続く)

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※赤ワシ探偵がハードボイルドに活躍するシリーズ1「フロメラ・フラニカ」はこちらから!

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