「本当か!」
話を聞いてやると言った途端、占いねずみのグレコは目を輝かせた。それから、やけにしんみりした、遠くを見る目つきになった。
「俺、俺はよう……ロスコに拾われなけりゃ、死ぬとこだったんだ」
左右のひげがしょんぼりと下がり、辛い過去に思いを馳せている様子になった。
「せまくてじめじめした溝の中にいた。体が動かなくって、目だけは開いてて、月の光がやたらに明るかった。眩しいなあ、いやだなあと思って、でも目を閉じることもできなくて。そしたらその光が何かに遮られた。そいつは俺をくわえて溝から引っ張り出した。それがロスコだったんだ。ロスコは俺に寝床と食べ物をくれた。それから易占いを教えてくれようとしたけど、俺は頭が悪くて覚えられなかった。でも代わりにロスコは俺が生まれつき持っている能力に気づいてくれたんだ。それで俺はひとりで十六番街でやっていけるようになった。……って、おい!」
私は帽子をとって席を立とうとしていた。
「どこ行くんだよ!」
「きみの話はつまらん。帰る」
「ま、まってくれ」
グレコはあわてて駆け寄ってきて、テーブルに置いた私の手に触れた。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
寒々とした、巨大な月が真上に見える。今にも落ちてきそうだ。体は動かない。体そのものがなくなってしまったかのように、何も感覚がない。このままなすすべもなく、月に押しつぶされる恐怖に支配された。
そのとき、私と月の間に、ぬっと影が割り込んだ。冷たい月光から守ってくれる、あたたかく優しい影だった。私の心は安らぎで満たされた。
……蛍光灯の光が戻ってきた。私は月世界中華そばの椅子にとすんと腰を下ろした。軽いめまいがして、指でまぶたを揉んだ。
「『接触テレパシー』か!」
「わかってくれたか……俺にとってロスコがどんなに恩人か」
グレコの声が低く聞こえた。私はうなずいた。
「よく伝わったよ。それはそうと、以前きみに依頼したのは、写真に写っている人物の残留思念を読み取ることだった。写真や物品から記憶を読み取る能力は『サイコメトリー』だ。2種類以上の能力を持っていたら、エスパー協会に登録しなければならないはずだが」
グレコは、登録エスパーであることを示す銀のリングをつけていなかった。彼は少しも悪びれずに答えた。
「占い協会とエスパー協会が犬猿の仲だってことは知ってるだろ。せっかく占い師になれたのに、占い協会に目えつけられたら、力添えしてくれたロスコに申し訳が立たねえ。エスパー協会に登録するほどでもない弱い能力者なら、占い師の中にゃたくさんいる。俺の能力はサイコメトリーだけ、それもたまにしか当たらないってことになってんだ」
私は十六番街のグレコの店へ行った時、合言葉が必要だったことを思い出した。本当は百発百中なのだが、あくまでも占いとして楽しんでもらうために、通常の客にはわざと少し違うことを言ったり、ぼかして答える。合言葉を言った客にだけは、サイコメトリーで透視した事実をストレートに伝えるのだ。
「隠れエスパーか。フフ、おまえさん気に入ったぜ。もう少し話を聞いてやってもいいぞ」
私がそう言うと、グレコはまた目を輝かせ、話を再開した。
「今日の朝、ミルコが俺んとこへ知らせにきたんだ。ロスコが……140階のロ号歩廊にいるって」
「ミルコというのは?」
「ロスコの3番目の息子だ。俺はミルコと一緒に行った。そして、あれを見たんだ」
「何を? いや、口で説明してくれ。驚かされるのはもうごめんだ」
「あれ、あれはなんて言ったらいいのか……とにかく、あんな奇妙なもんを、俺は見たことがねえ」
グレコはそう言って、考え込む顔になった。
(第四話へ続く)
(by 芳納珪)