レディMは話を続けた。
「F・フェアードマンは遺言の中で、逃げ出したノルアモイが再び立体都市に出現することを警戒せよ、見つけたら必ず捕らえて破壊せよ、と指示しました。ですので代々の当主は、ノルアモイの出現を探知するシステムを構築してきました。監視カメラや画像解析、そして、人々の間に噂を流すこともその一つでした」
「なんと! ノルアモイの言い伝えはフェアードマン家が作ったものだったのですか。実際に目撃されたことが元になったのではなく」
「現在語り伝えられている詩のような文言は、フェアードマン家が流した噂と実際に目撃された光景が混ざり合って、人々の間で作り上げられたものです。こういうものですよね。『いい子にしないとノルアモイがやってくる……』」
私は手のひらを押し出してレディMを制した。
「いや、その詩はよく知っています。つまりあれですな。目撃情報を集めるための網として噂を流したと」
「その通りです。人は見たものを、持っている知識の範囲内でしか認識できません。もし目の前にあるものを自分の知識に結びつけることができなければ、下手をすると、何も見なかったことになってしまうことさえある。なるべくそうならないように、予備知識を与えたというわけです。もちろん、目撃情報の中には単なる見間違いや勘違いがたくさんありました。というか、ほとんどがそうでした。しかしその中に、わずかながら、そうではないものがありました。私たちはそのような『ノルアモイの影』を丹念に追いかけました。200年間、ずっと。ですが、ノルアモイの出現には法則性がなく、捕らえるどころか、肉眼でその姿を見ることすらできませんでした。一方で、ノルアモイは目撃されはするものの、これといった実害が報告されたことはありませんでした……これまでは」
「なんだよ!」
とつぜんグレコが叫んだ。
「200年も前から追っかけてたくせに、なんで捕まえられねーんだよ! お前らがさっさと捕まえてりゃ、ロスコはあんなことにならずにすんだんだ! どーしてくれんだよ、え?」
私はあわてて、レディMに向かって突進しようとするグレコの首根っこを捕まえて持ち上げた。
「わっ、なにすんだバカヤロッ! はなせチクショー!」
グレコは空中で手足をジタバタさせた。
「今そんなことを言っても仕方ないだろう。むしろレディMがこうして誠実に話してくださっていることに感謝すべきじゃないのか」
私はそう諭したが、レディMは苦悩の色を浮かべて首を左右に振った。
「いいえ。グレコさんのおっしゃる通りです。捕まえられなかったのは私たちの落ち度です。Fはその危険性を予見していたのに、200年の間に危機意識が薄れてしまったと言われても仕方ありません」
「しかし、先ほども申し上げましたが、ロスコの前に現れたのが200年前に逃げた人造馬と同一であるとどうしてわかるのですか」
「そこは200年の間に築き上げた分析手法があります。あそこに出現し、ロスコさんにあの作用を及ぼしたのが『ノルアモイ』そのものである確率は90%以上。そして、200年前の機械が動き続けられる理由ですが……ノルアモイには高度な人工知能が搭載されていると申し上げましたでしょう」
グレコは暴れるのに疲れたらしく、おとなしくなった。私は彼をそっとテーブルの上に置いた。
「なるほど。自分で自分を修理しながら動いているというわけですか」
「単に修理するだけではありません。作られた時よりも進化しているのです。様々な知識を学習しながら、より強く、より賢い方へと」
「ふむ。しかし、まだよくわかりませんな。ノルアモイはそもそも何のために造られたのです? F・フェアードマンは何をそんなに恐れていたのですか? そして、ロスコの身には一体何が起こったのですか」
レディMは、さも恐ろしいことを告白するように声を低くした。
「ひとつずつお答えします。まず……」
そこで一拍おいて、
「ノルアモイは、兵器として造られました」
(第十話へ続く)
(by 芳納珪)