<赤ワシ探偵シリーズ3>ノルアモイ第十話「依頼」by 芳納珪

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

「兵器とは? 大昔にあったという、戦争の道具ですか」

言いながら私は、無意識にいつも万能銃〈ムラマサ〉を装着している左脇をちらりと見た。今そこには何もない。
レディMが私の視線の動きに気づいた。

「あなたの銃はお預かりしています。今、持って来させましょうか」

「いえ、帰る時で結構です。『兵器』と聞いて思い出しましたので。兵器とは、私の万能銃のような『武器』を、もっと大きく強力にしたものだったと聞いたことがあります。だとすると、兵器が馬の形をしているとはどういうことなのか、よくわからないのですが」

「そうお思いになるのはごもっともです。Fは非常に特殊な機能の兵器を作ろうとしていました。そして研究の末、人工知能に学習をさせることによってその機能を会得させることにしたのです。効率よく学習させるため、我々の姿に似せて作ったロボットに人工知能を載せることにしました。機能を獲得したあかつきには、人工知能の部分だけを取り外す予定だったのです。ところが動く体を得た途端、その人工知能――ノルアモイは脱走してしまったのです」

レディMはそこで、ふう、とため息をついた。

「ノルアモイがいつその機能を獲得するのか、造ったF自身にもわかりませんでした。ですから、できるだけ早く捕えるようにと指示したのです」

「その機能とは『時間を操ること』ですか?」

私が先回りすると、レディMは苦しそうに頷いた。

「その通りです」

「つまり、ノルアモイは200年かけて時間を操る機能を獲得した。ロスコはその実験台にされてしまったというわけですな」

「なんてこった……」

グレコが絶望したように呟いた。

「でもっ、何とかすることはできるんだろ? あんたらの力でよ」

「もちろん、手は尽くしています。現場はあのように封鎖して24時間監視していますし。ですが今のところ、確かなことは何も言えません」

やはり、ロ号歩廊を封鎖したのは警察ではなく、フェアードマン家だったのだ。まあ、それくらいやるだろう。
グレコは何かを思いついたように振り返って私を見た。

「そうだ、あんたがレディMの依頼を受ければいいじゃねえか! すげー金持ちなんだろ。上客じゃねーか!」

「レディMに失礼なことを言うな。それと、勝手に決めるな」

私は顔をしかめて見せたが、意外なことにレディMは、ハッとしたように顔を上げた。

「それはいい考えです。赤ワシさん、探偵として私どもに協力してはいただけませんか?」

これには驚いた。

「ご冗談を。天下のフェアードマン家が一介の探偵に何を求めるというのですか」

「もちろん、ノルアモイを捕えてくれとは申しません。これまで、ノルアモイに関することは完全にフェアードマン家の中だけでやってきました。外の視点で見れば、何か新しい発見があるかもしれません」

「……申し訳ありませんが、私をひどく過大評価しておられるようですな」

私は立ち上がった。

「素晴らしいコーヒーをごちそうさまでした。そろそろおいとまいたします」

レディMの馬耳(うまみみ)が、しゅんとうなだれた。

「そうですか。仕方ありません」

「伺ったお話は決して口外しませんから、ご安心ください」

「お気遣いありがとうございます」

レディMはうなだれながらも、手を上げてメイドに合図をした。メイドは滑るように部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。その腕には、私のトレンチコートと中折れ帽、そして万能銃〈ムラマサ〉が抱えられていた。

「おいっ、マジかよ!」

グレコの声を尻目に、私は手早く支度をして、レディMに丁重に別れの挨拶をした。
私が見送りを断ったので、レディMとは部屋の出入り口で別れることになった。あとはメイドが先導してくれるらしい。

「ばかっ! いくじなしっ! おたんこなす!! すっとこどっこい!!」

グレコは残るようだ。私は彼の罵声を背中に浴びながら、帰路についた。

中層に戻ったときには、もう夕方になっていた。
空腹を感じたので、私はまっすぐ「月世界中華そば」に向かうことにした。

なんとなく、街の様子が慌ただしい。何かあったのだろうか。
訝しく思いながら月世界中華そばの前に来ると、ちょうど店の外に出てきたおかみさんが目を丸くした。

「まあ、赤ワシのだんな、三日もどこへ行ってたんです? 出張ならひとこと言ってくださりゃいいのに。依頼のお客がうちへ来たって、こっちは何も知らないから困りましたよ」

「な、なんだって? もう少しゆっくり喋ってくれないか」

おかみさんは真剣な顔で、私を穴のあくほど見つめた。

「だんな、どこかお悪いんですか?」

私はわけもわからず、聞いたこともないような早口で喋るおかみさんを見返した。

とつぜん、恐ろしい仮説がひらめいた。
私は走り出した。
自分では全速力のつもりだったが、周りから見たらそうでもなかったかもしれない。

ロ号歩廊に着いたときには、とっぷりと日は暮れていた。
息を整えながら顔を上げると、そこにいた。

私は、私の恐怖と対峙した。

(第十一話へ続く)

(by 芳納珪)

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