その領域には、元の世界と同じように十六番街があった。
アーケードの下は、どことなく不安そうな顔や、何かを期待する顔でいっぱいだ。
占いねずみたちが店を構える柱の周りには、客が占い師と会話するための糸電話が設置され、その電話台にそれぞれ「星占い」「人相占い」「夢占い」などと書かれた行灯が置いてある。
私は人波をかき分けるようにして奥へ進んだ。そして、目的の行灯を見つけた。
「易占い」はそこそこ人気があるようで、三人の客が並んでいた。私は列の後ろにつき、辛抱強く順番を待った。
この合わせ鏡の中のような世界は、切り取られた立体都市の中層階が垂直方向と水平方向に延々と連なる構造になっている。その一単位となる領域は、元の世界の位置関係を無視した、街区のパッチワークのようになっている。
私は、同じようでいてそれぞれ微妙に異なる領域を一日中渡り歩いた結果、「ノルアモイ」の言い伝えがある区域が取り出されているのではないかと推理した。
であれば、元の世界で「ノルアモイ」に最も近づいた人物から、何か手がかりを得られるのではないか――
この世界に転移する直前、レディMは「私を見つけて」と伝えてきた。しかし、彼女が住む上層階自体がこの世界には存在しない。ではどうすればいいかと頭を絞って出した結論だった。
私の順番が巡ってきた。
台の上の糸電話から、占い師の声が聞こえた。
「こんばんは。当店は前払い制でございます」
私は受け渡し用のカゴに、規定の倍額の貨幣と名刺を入れ、占い師のもとへ送った。カゴが届き、占い師が中身を確認するのを待って、私は糸電話に話しかけた。
「探偵としてお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか」
しばらく沈黙が降りた。
もしかしたらこの領域では、私はとんでもなく評判の悪い人間なのだろうか。そんな心配が頭をかすめた時、返事があった。
「トビワニ事件を解決して立体都市の危機を救った、あの赤ワシ探偵様ですか」
占い師の声には、大きな驚きと、深い尊敬の念がこもっていた。
たしかに私は少し前、脱走した凶暴なトビワニを探し出したことがあったが、全くつまらない事件だった。しかし、この領域では大事件だったらしい。私は気を良くした。
「私の名前を覚えていてくださったとは光栄です。あなたはロスコさんですか」
「ええ、そのとおりです。私のようなただの占い師がどのようなお役に立てるのかわかりませんが、お聞きになりたいこととはなんでしょうか」
「ノルアモイのことを知りたい」
また沈黙が降りた。核心をついたのか。それとも呆れられたのか。
やがて聞こえてきた声には、申し訳なさそうな響きがあった。
「……あなた様がお聞きになるからには重要なことなのでしょうが、正直にお答えしますが、子どもの頃に聞かされた怖い話以外に、特別に知っていることはありません。しかし、占ってみることはできます」
当てが外れ、私は失望した。
占いは信じないが、せっかくの好意を無にすることもないだろう。
「そうですか。では、占っていただけますか」
「承知致しました」
ロスコは丁寧に返事をすると、小さなテーブルの隅に立ててある筮竹(ぜいちく)を手に取った。
(第十九話へ続く)
(by 芳納珪)