私は、占い師のロスコが易を立てるのを見ていた。
数十本の筮竹(ぜいちく)の束を両手でひたいの前に捧げ持ち、祈りを込めて束を分ける。一方は筒に戻し、残った方の本数を数える。その結果に従い、テーブルの上の積み木のような数個の木片を慎重に動かす。その後、同じことをもう一度初めから繰り返す。
慣れた手つきでリズミカルに行われる儀式を私は興味深く眺めた。一体、どのような結果が出るのだろうか。ノルアモイの出現場所か、正体か。私がノルアモイに対して抱いている恐怖感も見透かされてしまうかもしれない。
と、ロスコの動きが急に止まった。
彼の顔を見ると、目は見開かれ、ヒゲがブルブルと震えている。
「こっ、これは……!」
ロスコは立ち上がった。その勢いで、椅子がガタンと後ろに倒れた。
次の言葉が、糸電話を通してはっきり聞こえた。
「大災厄……」
そのとき、十六番街の入り口の方がにわかに騒がしくなった。
複数の悲鳴、物がぶつかる音、壊れる音。
何事だ、と振り返った私の視界に飛び込んできたものは――。
たちまち周囲は大変な騒ぎになった。
がちゃん、ばりん、どすん。
占い師も客も、悲鳴をあげながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
私だけがその場に取り残された。
不気味な青い炎、高らかな蹄の音。それが、一つだけではない。四方から、同時にいくつも押し寄せてくる。
ノルアモイの軍団が、十六番街を占拠しようとしている。
立ちすくんだ私を、青く燃える人造馬たちが取り囲んだ。
何頭いるだろうか。一頭だけでも周囲を圧倒する迫力の、黒々とした巨大な人造馬が、輪になってごうごうと燃えているのだ。
ふっ、と周囲の空気が変わった。
何が起きたのか初めはわからなかったが、居並ぶ人造馬たちの隙間からなんとか向こうの景色を見透かして気がついた。
建物の隙間の暗がりは真っ白で、街灯の光は黒ずんでいる。
元の世界のロ号歩廊にあった「ロスコのボール」と同じだ。あれとは逆に、周囲の世界の時間が止まっているのだ。人造馬に取り囲まれたこの空間の中だけ、正常に動いている。
そう理解した時、ノルアモイたちが、ざっ、と一斉に頭を低くした。まるで、王侯貴族を迎える家臣のように。
私の正面の、左右対称にポーズをとった二頭の馬の間を、こちらに進んで来る影があった。
上質な仕立てのテールコートに、しっとりと光沢を帯びたシルクハット。
時代がかった服装に堂々たる体躯を包んだ、彫像のように立派な馬人だ。
身長は私とそれほど変わらないのに、その場にいる全てのノルアモイがおもちゃに見えるほど、圧倒的な威厳と気品を放っている。
私は無意識のうちに、コートの下のホルスターから万能銃「ムラマサ」を抜き、彼の眉間に照準を合わせていた。
危険を感じたからではない。
ノルアモイを前にすると、私は恐怖のあまり体が硬直してしまい、身を守る行動すら取れなくなる。馬人の出現によって一時的にその呪縛が解け、反射的に腕が動いたのだ。
馬人はピクリともせず、落ち着き払って言った。
「私を撃つのか」
その一言で、腕の力が抜けた。
危うく取り落としそうになった万能銃を持ち直し、ゆっくりとホルスターに戻した。
もちろん、撃てるわけなどない。
何しろ彼は――
その名を思い浮かべようとしたとき、威厳に満ちた美声が朗々と響き渡った。
「F・フェアードマンである。お初にお目にかかる。赤ワシの探偵よ」
(第二十話へ続く)
(by 芳納珪)