絵本翻訳について1「必要なのは英語力か日本語力か」

あるとき、編集者のSさんに訊かれた。「風木さん、翻訳はしないんですか?」
「英語できませんから」と答えると、Sさんはきっぱり言った。「それは違います。絵本翻訳は英語力じゃなく日本語力の勝負です」

その場では正直ピンとこなかったが、それからなんとなく英語の絵本を読むようになり、読んでいくとだんだん面白くなってきて、上野の国際子ども図書館に半日こもって読みふけったりするようになった。

たくさん読んでいると、いくつか訳してみたい絵本が見つかった。おっかなびっくり訳してみると、自分では悪くないような気がした。
そこで、あすなろ書房のYさんに見てもらうことにした。あすなろ書房は翻訳絵本を数多く出している出版社だ。
Yさんは数ヶ月かけてていねいに検討してくれ、結果的にぼくが提案した2冊はボツだったのだが、意外なことにYさんの方からも提案があった。
「風木さんの文章に合うんじゃないかと思って」と1冊の英語絵本を手渡されたのだ。
『BIRDS』という絵本だった。

編集部で仮に訳してみたというテキストを示し、Yさんはにっこりした。「これが60点。75点にしてくれたら風木さんに任せるなあ。やってみます?」
やりますとも。
さっそく取り掛かった。初めての翻訳で自信がなかったので、ひびのさほさんに共訳をお願いした。ひびのさんは英語堪能で翻訳経験もあった。ぼくが訳したものをさまざまな角度からチェックしてもらい、修正して戻す。再度チェックしてもらい、また修正。そんなことを数度くりかえし、訳文をねりあげた。

Yさんのお返事は早かった。幸い75点はクリアできたようで、正式な依頼だった。
とはいえ道はまだ半ば、Yさんはベテラン編集者の厳しい目で、いくつかの問題点を指摘してくれた。それはいずれも単純な読み違いなどではなかった。英語から日本語に訳して、意味もリズムも完全に同じということはありえない。それはもう言語が違うのだから。それでも可能な限り近づけるのが翻訳家の仕事だ。すでにギリギリまでやったつもりだったが、もっと肉薄できる箇所がある、というのがYさんの指摘だった。

がんばった。まあここからは、がんばってがんばって、やっと1点積み増すような作業である。冒頭のSさんの言葉がようやく実感できた。絵本翻訳は日本語力。シンプルな言葉で微細なニュアンスまで表現できる日本語力こそ最重要だった。

「とりとわたし」ケビン・ヘンクス ローラ・ドロンゼック ひびのさほ 風木一人 あすなろ書房

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『とりとわたし』(ケビン・ヘンクス作 ローラ・ドロンゼック絵 風木一人・ひびのさほ共訳)は2009年6月に完成した。

美しい絵と短い言葉で感性に訴える、詩と物語の中間のような絵本である。欧米では1ジャンルとして確立しているけれど日本ではあまり作られないタイプで、そういうものを翻訳する意味は大きいと感じる。
絵本にもお国柄は出るもので、日本には日本らしい絵本が、アメリカにはアメリカらしい絵本がある。日本にはないタイプのすぐれた作品を読者に手渡せるのが、翻訳という仕事のいちばん素晴らしいところだろう。

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※これから数回、翻訳家としての仕事について書きます。

「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
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