『もぐてんさん』瞬き一つ。ワンダーランドはあなたの目の前に。

もぐてんさん やぎたみこ

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『もぐてんさん』(やぎたみこ・作 岩崎書店)

ぼくは子どものころ昆虫少年でした。頭から触覚が生えていたわけではありません。バッタやカマキリ、クワガタやカナブンが大好きな少年だったのです。

当時住んでいた辺りは都内のわりには緑が多く、本気で探しさえすればずいぶん様々な昆虫を発見し、運が良ければ捕獲することができました。
飼育ケースの中のバッタやクワガタを飽きず眺めていたとき、おそらくぼくの心の半分は彼らの世界に行っていたのでしょう。彼らの姿になりきって、強い脚で身長の何十倍ものジャンプをしたり、夜のクヌギの木を高く高く上りスズメバチの唸りをものともせず樹液をすすったり、小さな虫たちの世界での冒険が夢と現実の狭間のような場所で日々繰り広げられていた気がします。

小さくなること。それは確かに一つの大きなポイントです。自分が小さくなればまわりのものは大きくなります。草むらはジャングルに、水たまりは湖に、ネコは巨大な怪物に。
アリスやガリヴァーを引き合いに出すまでもなくスケール感が変化するのはそれだけでもう大変面白いことに違いありません。『もぐてんさん』は正にその面白さをあつかった絵本です。

もぐてんさんは不思議なもぐら。ある日突然がんちゃんのうちに現れたもぐてんさんは、がんちゃんの一家を小人くらいの大きさにしてくれます。するとどうでしょう。見慣れた部屋も庭も探検の舞台に早変り。今まで存在にさえ気がついていなかった小さな生き物たち、昆虫やトカゲ、カエルとも友達になれます。
マジックは海の果てや遠い昔にばかりあるのではなく、視点さえ変えれば、今ここにあるのです。

『ほげちゃん』が人気のやぎたみこさんは2007年に『くうたん』(講談社)でデビューし、『もぐてんさん』が2冊目の絵本でした。どちらも普通の一家が出合う不思議なできごとを描いた作品で、このころから独自の世界を確立している感があります。
ありえないことをあるかのように語るには技術が必要ですが、絵の説得力は見事なもので、構図決めから細部に至るまで惜しみなく時間と手間をかけているのが見てとれます。

手を抜かず全力を傾注できる資質。
それこそが優れた仕事をするために絶対必要な条件でしょう。

(by 風木一人)


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