ナンセンスでシリアスでギャグでパニック映画みたいな絵本 『ニワトリぐんだん』(風木一人・作 田川秀樹・絵 絵本塾出版)

2014年のことだ。
夜8時ごろ、そろそろ仕事場を出てうちに帰ろうかと思っていたとき閃いた。
いましばらくパソコンに向かってこの生まれたばかりのアイデアと格闘するべきか、一瞬迷ったが、やっぱりやめてドアを出た。

駅まで10分、電車で10分、降りてからうちまでまた10分。頭の中にニワトリの羽音、足音、鳴き声が響き続けていた。考えようとしなくても、イメージが勝手に走りだして止まらない。一兆羽のニワトリが怒涛のように押し寄せ、野山も田んぼも畑も町も呑みこんでいく……。
うちに着くころにはあらかた話ができてしまい、急いでパソコンを立ち上げ書き留めた。
たまにそういうことがある。閃きから一気に書きあがってしまうことがある。

こんな話をすると「絵本を書くのって簡単なんだな」と思われるかもしれないがそれはちょっと違う。ぼくは30分で書いたわけではない。小学生のころからの何十年を使って書いたのだ。

書いているときはわからないが、あとからじっくり考えるとわかることがある。なぜ自分はその物語を書いたのか。なぜ自分からそのイメージや展開が出てきたのか。

『ニワトリぐんだん』の創作には3つの層があったと思う。

1番目の層は小学生のころの飼育係だ。校庭のすみにニワトリ小屋があった。飼育係になったぼくはニワトリたちに餌をやった。生き物はたいがいなんでも好きだったが、飢えてザクザク突いてくるくちばしは脅威だったし、表情のない丸い目には理解し合えない距離を感じた。このときの体験はぼくの深いところに残って、きっと『ニワトリぐんだん』に影響している。

2番目の層は、東日本大震災だ。2011年3月11日、ぼくは自宅マンションにいて、幸い被害というほどの被害はなかったし帰宅難民にもならなかった。東北が大変なことになっているのは主にインターネットとラジオで知った。津波の映像は想像をはるかに超えていた。
あのときぼくのまわりの作家さんの中には「もう楽しい話は書けない」と言った人もいた。逆に「こういうときだからこそ楽しい話を書く」と言った人もいた。ぼくはというと、どちらでもなく、表面上はそれまでと同じように仕事を続けた。作家として姿勢を変えたつもりはなかった。いや、どう変えていいかまったくわからなかったのだ。
しかし3年後の2014年、この話を思いつく。ある日突然、理由も何もなく災厄が襲ってくる。人知を超えた力で、昨日まで当り前だった生活が根こそぎ破壊されてしまう。一兆羽のニワトリは明らかに津波の化身だろう。ぼくが3年間心の底に封じていたものが姿を変えて現われたのだ。

3番目の層は、ある意味もっと根が深い。命を食べていいのかという疑問だ。生き物は他の生き物を食べなければ生きていけない。そういうふうにできている。それはいったい、どういうことなのか?
子どものころからずっと疑問だった。鶏や豚がぼくに食べられるために生まれてきたということはありえない。きっと食べられたくないだろう。しかし食べる。毎日動物や植物を食べてぼくは生きている。
このことを数知れぬ人々が考えてきたはずだが、ひとつの正しい答えなど出はしない。おそらく正しい答えなんてそもそも存在しないのだ。
正しい答えなどないと思っても、考えなくてはならない。答えが出なくても考えることには意味がある。
現代の問題の一つは我々がすでに食品となったものしか見ないことだろう。スーパーで切り身のサケとパックされた鶏肉だけ見ていたら、彼らが生きていたことに想いが至らない。
だから『ニワトリぐんだん』には生きてエネルギーを爆発させるニワトリと食べられるニワトリの両方が出てくる。出てくるだけでいい、それ以上を語る必要はないと思った。

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と、さんざんまじめなことを書いてきて言うのもなんだが、これはエンタテイメント作品である。読者に、大いに驚き、笑ってほしいと思って作った。
シリアスなテーマを持つこととエンタテイメントであることはまったく矛盾しない。むしろエンタテイメントであり本気で楽しめるからこそ伝えられるテーマがあると信じている。

絵本「ニワトリぐんだん」風木一人・田川秀樹・絵本塾出版

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(この絵本を成立させるには、ものすごく真剣にフザけているとしか思えない田川秀樹さんの絵が必要不可欠であった)

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