暖かな日差しを受けながら公園のベンチに座っている点田一(てんだ・はじめ)を取り巻くように鳩が集まってきているのだが、点田は鳩が滅法苦手な上に、鳩の狙いが手に持つ昼食、点田の好物のベーグルサンドであることは明白……そのため点田の嫌悪感は募る一方となり、さらに追い打ちをかけるように、無感情の丸い目で首を振り振りポッポと群れる鳩の数がわんさか増えていっていることも点田の機嫌をすこぶる悪くする要因であり、そんな点田は、ついに、その憎々しげな鳩らに向かい、
「寄ってくんじゃねぇ、このハト!」
と悪態をついたのであるが当の鳩らは一向に逃げる気配もなく、逆に、その声に呼び寄せられて新たな鳩らが次々と飛来してしまい、鳩の数は益々どんどん増えていく……その上、点田を中心に半径1メートルほどの距離を保っていた鳩の輪が徐々に――しかも、確実に――小さくなってきていることに気づいた点田は慌てふためき、
「な、なんなんだ、お前らっ……!」
と荒々しく地団駄を踏むように足を打ち鳴らしてみても、2、3羽がピクリと反応しただけで、鳩らは相変わらずポッポッポッポ言って盛んに首を振り振りしながら、360°全方向から標的の点田ににじり寄ってくるのであるから、もはや嫌悪感を通り越し恐怖を感じるほどで、
「ベーグルはやらん!」
と大声を出してみたものの、やはり99.999%の鳩は無反応であり、点田の怒りなど気にもとめない太々しい様子に点田は「なんだよ……『平和の象徴』の鳥のくせに……」と苦々しく感じながら独りごちたが、「平和」というものは、鳩のごとき柔和な風貌をしながらも、鳩のごとき逞しさも必要であるまいか? ならば、そういった意味では確かに鳩は「平和の象徴」なのかもしれん――と直面している危機的状況から逃避するように一瞬の間に思考を巡らせたが、いや、待て、目の前の鳩らは、逞しいというよりも、単に人を見下すような態度ではないか? 自分を完全にバカにしているのではないか? と点田がようやく鳩らの本心を察したときはすでに遅く、ポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポという鳴き声は合唱と化し、驚愕した点田が、つい、
「ま、周りが……!」
とわななく声を上げてしまったのは、鳩らの輪が、点田から10センチくらいの近さになっていたからで、すでにその小さな児童公園の大部分は灰色に染められ、何百もの無感情の丸い目――ベーグルへの欲望を忍ばせた目――が点田の若く平たい顔と手に持つベーグルサンドを交互に見つめており、それは、まさに一触即発の緊張感が満ちている光景で、側から見て点田の勝ち目はないように思われた……とその時、ふいに何百羽もの鳩の群れから一羽の鳩が、「ポ」と言いながら点田の膝にハトっと飛び乗ると同時に、点田のビチビチに張り詰めた神経がブチ切れ、
「た、助けてぇぇぇ!!!!!」
と体全体を大きく震わせて、力の限りに叫び声を上げると、それに呼応するように、
「ボッボボー!」
と公園の入り口の方から、地響きを起こすほどの大きく野太い老練な鳩のような声がし、その声を聞くやいなや、点田を囲んでいた数百羽の鳩らは、
「ポポロー!!」
「ポッポー!」
とバサーっと羽ばたく音とともに慌てて一斉に飛び立つと大量の砂ぼこりが舞い上がり、そのせいで点田は咳き込んでしまったが、その油断していた隙に、手に握っていたベーグルが奪われていくのを感じ、
「やられた……」
としたたかな略奪者が去ったらしき方向に目を向けると、飛び去る灰色の鳩らの中に混じり何やら小さく赤い物がチラリと見えたのだが、すぐに砂ぼこりの中に消えていってしまって他に見えるのは舞い上がる無数の鳩のペールグレーの短い羽ばかり――そして、茫然自失とする点田の目に砂ぼこりの中から何かの大きな影が近づいてくるのが映り、
「うおっ」
と恐怖でのけぞってしまったのは、そのぼんやりした影は2メートルほどの高さで、巨大な鳩のように見えたからに他ならず、さらに、その巨大鳩が、
「ボッボー、点田、なにやってんの~」
と砂ぼこりの中から話しかけてきた瞬間、点田の全身に戦慄が走ったのであった。
(つづく)
浅羽容子作「イチダースノクテン 1」 、いかがでしたでしょうか?
いよいよ始まりました。点田を襲う鳩の群れ、一糸乱れぬチームワーク。これはシュールなブラックコメディなのか心あたたまるファンタジーなのか、それとも……猪突猛進、右往左往、ジャンル不明の世界を全力で迷子になる、食欲増進必至の疾走文学、誕生!! さあみなさんもご一緒に、スーパーなまずのスタンプを集めよう!
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