イチダースノクテン 3


~前回までの登場人物~

点田はじめ(てんだ・はじめ)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴(あっぱれ)大学の学生╱ベーグルが好物╱鳩が苦手

鼻田八戸宗(はなだ・はとむね)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱通称「ハトムネ」╱身長2メートル╱鳩胸で鳩顔

円田揚治(つぶらだ・ようじ)……「まるあげドーナツ」店長╱ドーナツを愛する男╱金太郎のような丸顔

美田薫(みた・かおる)……「まるあげドーナツ」の新人アルバイター╱76歳の老紳士╱身長1メートル80センチ

女田ワカ(めた・わか)……「まるあげドーナツ」の主婦パートタイマー╱自称24歳╱本当は74歳

(はと)……ハト目ハト科カワラバト属カワラバト(ドバト)


「点田くん、もしかして昼食はベーグルだったんじゃない?」

円田店長は、普段はドーナツのように丸く金太郎ように健やかな顔をしていているのだが、今、点田の前のその顔は鋭利な角を10本くらい生やした赤鬼のように禍々しい――その理由は、点田がベーグルを食べたことにあるのだが……この「まるあげドーナツ」は、チェーン店ではなく、ドーナツマニアの円田店長がこだわりドーナツを製造販売している個人経営の店で、地元ローカルのスーパー「スーパーなまず」の敷地内にあり、このスーパーなまずの建物はコの字型をしていて、三方を建物で囲まれた中庭の奥の中央正面がスーパーなまずのエリアで、その両脇を挟む小さめの建物に各種テナントが入っており、「まるあげドーナツ」はその片側に位置しているのだが、問題なのは、ちょうど向かいの店が、円田店長の宿敵のベーグル店、その名も「まるなげベーグル」であることなのだ……!

「点田くんのズボンのポケットからもベーグル臭が漂うよ」

円田店長がこのような赤鬼のような形相になるほど、なぜ、そんなにベーグルを目の敵にしているのか、紛らわしい店名なのはなぜか……昔の因縁があるらしいことは察しているが、勤務の日の浅い学生アルバイトの点田には分からず、とにかく、「ドーナツ(油)」対「ベーグル(ヘルシー)」という敵対関係があることだけは承知していたため、点田は円田店長がいない時にこっそりと好物のベーグルを買って食べるようにし、さらに食後はベーグルの匂いを消すように心掛けていたのだが、今日は、遅刻で焦っていてそれを怠ってしまっていたのであり、そんな点田を

「点田くん……食べたよね? あのド腐れベーグルを?」

とすごむ円田店長は、ドーナツを愛しドーナツのために生きているようなドーナツ愛にあふれたドーナツ男であるから仕方ないとはいえ、

「ん……どーなの?」

と怒った金太郎に責められ続ける点田――このまま解雇されてしまうのか!? もしくは、マサカリで斬られてしまうのか!?――と思った時に、点田の視界に現れたのは意外な救世主だった!

「あ! 店長! また鳩が来ています!」

店の前に鳩らが集まってきているのだ! 点田は鳩らを指差すと、

「あ、本当だ! あいつら、金も払わず俺様のドーナツをせしめる気だな!」

と赤鬼の頭から1000本の角が生えるごとき怒りであり、さらに悪いことに、向かいの「まるなげベーグル」から、えらく整った美し過ぎる顔のスレンダーな女性、まるなげベーグルの店長である苦田綺麗(にがた・きれい)が、えらく綺麗な顔のまま、えらく綺麗なペールピンクの舌をベロリと出した後、こちらに向かって大きく口をゆっくりとパクパク動かし始めると、円田店長が急いで双眼鏡を目に当て、その苦田の口元を声に出しながら読み取ると、

「ば……ぁ……か……」

であった――円田店長は、

「ぬぉおお!」

と叫びながら、ちょうど女田が調理室から運んできたトレイの上のドーナツ、クルーラーを手裏剣のように苦田めがけて投げたのが、10メートル以上離れたベーグル店までは届かず、2メートルくらい先にポトリと落ち、まるなげベーグルの苦田店長は、「ひーひひ! だーはっは! 油バカがっ!」と美しい声で汚い言葉を発し、こちらを指をさして高らかに笑いだす中、そのドーナツが落ちた場所は運悪く鳩らのたむろする中心であったため、思わぬプレゼントを受け取った鳩らは、ポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッポッと歓喜の鳴き声を上げながら、そのドーナツを「ポポー!(いただきまーす!)」と美味しそうに突き始めると、

「やめてくれっ! 俺の可愛いドーナツを! 食べるなら金を払えっ! 払いたまえっ!」

と円田店長は慟哭し、苦田店長は嘲笑し、通りがかりのスーパーなまずの客らは、何事か? 事件か? と右往左往してしまっている状況だが、ドーナツを愛する円田店長の嘆きは収まらず、ドーナツを憎む苦田店長の嗤いも収まらず……円田店長は、

「点田くん、早く取り返してこい!」

と指図するが、点田は、

「そんなのバイトの業務内容にないし、鳩は嫌いだから嫌です」

と動かず、

「仕方ないわね、私の出番ね」

と代わりに女田が「よっこらしょ」と売り場から店の前に出て、

「ほーら、ポッポちゃん、ドーナツ返してー、そーれそれ」

と鳩からドーナツを取り返そうと追い回すが、自称24才推定74才の女田が、機敏な鳩に勝てるはずはなく、

「ポッポー(やだー)」とドーナツをクチバシにくわえた鳩が中庭の植え込み、紫陽花の低木を中心に円を描くように逃げると、その後に、他の鳩たち「ポポポー(ドーナツ分けてー)」と続き、その一番後ろに女田が追いかけるという有り様で、

「そーれそれ」

「ポッポー」

「そーれそれ」

「ポポポー」

と合いの手が入った盆踊りのような光景に、客らは、「まるあげドーナツの出し物だ!」と楽しそうなのだが、ただ一人、それを見つめる新人の老紳士アルバイター美田だけは陰鬱な悲しい顔であった――そして、その美田を密かに見つめる視線が木の上からあったのことにも、その視線の元の葉陰に赤く小さいものがちらりと見えたことにも、気づく者は一人もいなかった。

(つづく)


浅羽容子作「イチダースノクテン 3」、いかがでしたでしょうか?

そーれそれ! ポッポポー! そーれそれ! ポポポ! とまるあげドーナツの出し物も始まる、名物「鳩来店」のお時間です、鳩も群がるドーナツはさぞ美味しいのでしょうが、えらく綺麗な顔の苦田綺麗店長ご自慢のまるなげベーグルも、円田店長いわく「ど腐れベーグル」とはいえきっと美味しいんでしょうねえ〜アルバイター点田が隠れて食すお気に入りですもの、いえいえそんなことよりチラリと見えた怪しい赤い影は……? 因縁の対決 時々 大騒ぎ 後ミステリアスな疾走文学、待て、次号!

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