イチダースノクテン 11


〜前回までの登場人物〜

点田はじめ(てんだ・はじめ)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴(あっぱれ)大学の学生╱ベーグルが好物╱鳩が苦手╱販売担当

鼻田八戸宗(はなだ・はとむね)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱通称「ハトムネ」╱身長2メートル╱鳩胸で鳩顔╱販売担当

円田揚治(つぶらだ・ようじ)……「まるあげドーナツ」店長╱ドーナツを愛する男╱金太郎のような丸顔

美田薫(みた・かおる)……「まるあげドーナツ」の新人アルバイター╱76歳の老紳士╱身長1メートル80センチ╱新作研究助手╱ひとみの養父

美田滋(みた・しげる)……美田薫の妻╱ひとみの養母

美田ひとみ(みた・ひとみ)……頭に赤いリボンをつけた鳩╱鳥締役社長╱ドーナツ店の開店準備中╱美田夫妻の養女╱宇宙動物

女田ワカ(めた・わか)……「まるあげドーナツ」の主婦パートタイマー╱自称24歳╱本当は74歳╱アルバイト歴21年╱販売と品出し担当

苦田綺麗(にがた・きれい)……「まるなげベーグル」店長╱「まるなげドーナツ」と敵対関係╱美人すぎる╱性格悪い

弱田世鷲(よわた・よわし)……「まるなげベーグル」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱「まるあげドーナツ」から転職╱小心者╱スパイ

牛田(うしだ)さん……カタツムリ╱ドーナツが好物

鳩(はと)……ハト目ハト科カワラバト属カワラバト(ドバト)

動物(どうぶつ)たち……二足歩行╱ポシェットをたすき掛け╱ドーナツが好物╱純金の100円玉を所持╱宇宙動物

柴田(しばた)……柴犬╱二足歩行╱ポシェットをたすき掛け╱ひとみ経営のドーナツ店の店員╱宇宙動物

貫田(ぬきた)……タヌキ╱二足歩行╱ポシェットをたすき掛け╱ひとみ経営のドーナツ店の仮店長╱本業は宇宙ツーリズム添乗員╱宇宙動物


ささやき森林公園のひとみの店での一件から数日後、すでに盗難品の赤いものやレシピが返却されているまるあげドーナツは平穏な日常に戻っていて、円田店長も晴々とした金太郎のような顔をしながら忙しそうに働いているのだが、シフトの時間となりアルバイトにやってきた点田に、

「おはよう、点田くん!……そうそう、美田さん、今日は来てるよ」

と急に顔を陰らせ耳打ちをした――というのは、美田は、ひとみとの再会から心労のため体調を崩して休んでしまっていて、やっと回復し職場復帰して今は調理室にいるらしく、

「美田さんの娘さんのひとみさんってあれから見つかったんですかね?」

と問う点田に、

「聞いてないけど、あの雰囲気じゃあ、多分……」

と円田店長は濃い眉毛を八の字にしながら言い残し、調理室へと消えていったのだか、円田店長と入れ違いに「お疲れ様です……」とつぶやきながら調理室からカウンターへと現れたのは美田で、げっそりと憔悴しきって、心ここにあらずといった様相であり、

「お、お疲れっス!」

と、点田は暗さを吹き飛ばそうとわざと明るく挨拶したが、「はぁ……」とため息をついてばかりの美田は今にも消えそうなほどで幽霊のようであり、そんな暗い美田に点田が辟易していると、向かいのまるなげベーグルからこちらにやってくる人物がいる……それは弱田で、弱田は存在感ゼロの美田に気づくこともなく点田に、

「やぁ、点田くん、あのさ……学食で会った時に言えなかったんだけどさ、僕、まるなげベーグルのバイト中にさ……見たんだ」

と話しかけると、

「そういえば、何か言いたそうだったな……で、弱田、何見たの?」

と点田が学食で会った時のことをぼんやり思い出し返答すると、

「僕、赤いリボンを頭につけた鳩がさ、まるなげベーグルのすぐそばの木に留まっていてまるあげドーナツを見つめているのを何度も見たのさ……その鳩はさ、まるあげドーナツの新人アルバイトの老紳士が店頭に姿を現すと、決まって悲しげにポッポと小さく鳴いていたのさ……たまに、『父サン、母サン……ポポ……』と言っているようだったさ」

と弱田が話していると、点田の横でぼんやりとその話を聞いていた美田の顔に赤みがさし始め、そして、目が輝き始めた! そして、美田が明朗な顔を弱田の方に向けると、弱田はやっと美田の存在に気づき「どわっ!」と驚いたが、美田のその満面の笑みを見ると安心し、また口を開き、

「あとさ、実はさ、僕がこっそり定期的にドーナツ12個を買いに行くのはさ、苦田店長から、円田店長に見つからないように買ってこい、と言われていたからなのさ」

と話しだしたので、

「弱田、マジか!?」

と点田が目を丸くすると、弱田は得意になって、

「それでさ、閉店後の店の裏で、僕たちアルバイトが帰っていくの見送りながら、苦田店長が夜空に向かい『このっ! ど腐れドーナツがっ!』と言いながら夜空に向けて買ってきたドーナツを投げるのさ」

と一気に話し、ひと呼吸おいてから、

「で、その空に投げられたドーナツは決して戻ってこないのさ」

と言うと、点田も美田も興味津々でその話に聞き入っているので、さらに得意げに弱田は、

「そう、ドーナツは、はるかかなた宇宙まで届くのさ!」

と人差し指を天に向けると、点田は合点がいった様子で、

「なるほど……その飛ばされたドーナツが、宇宙動物たちの元へと次々と配達されて、まるあげドーナツが宇宙的人気になったということか……」

と小さく独りごちると、急に弱田は声をひそめ、

「でもさ、おかしいのさ……ドーナツは12個あるはずなんだけど……僕が帰ったふりをして隠れて苦田店長の様子をこっそり見ていたら、11個しか投げずに店内に戻っていったのさ……残りの1個は一体……あっ!」

と急に萎縮したように話を中断してしまったのだが、それは円田店長がいつの間にか調理室から出て来ていたからであり、

「残りの1個を食べてるんだよ、あいつ」

と、どうやら弱田の話を聞いていた円田店長は、

「昔からひねくれ者だったんだ、綺麗は」

と丸い顔をさらに丸くして怒っているのだが、

「え? 昔から!?」

と点田は鳩のように丸い目になってしまった――そんな中、円田店長の登場によって、美田の様子がおかしくなっている! 美田は肩に力を入れ、両手を固く握り、円田店長の方に微かに震える体を向けて、急に、

「円田店長! 申し訳ありませんでした!」

と上半身を90度に折り曲げ、

「今、弱田くんの話を聞いて正気に返りました……! 私の娘が……店の赤いものやレシピまでも盗んでしまいました……自分は、ここに勤めていつか独立して店を持ち、娘のためにドーナツ店を作ろうと思っていたのですが、こんなことになってしまい、本当に申し訳なくて……もう辞めるしかありません!」

と弱田や点田が聞いているのも厭わず体を曲げたままの姿勢で謝罪をし始めたのだが、円田店長は、

「美田さん、気にしないで大丈夫だよ! 美田さんのドーナツへの情熱はよく知っているから、これからも是非ともここで働いて欲しい」

と美田の肩を軽く叩くと、美田は体を折り曲げたまま、顔だけ円田店長の方に向けて嬉しそうな顔で「円田店長……」と声を出したのだが、その時、美田の目に映ったものは……!

「あ! 鳩と風船がやってくる!」

鳩らと、鳩らに囲まれたひとつの風船がこちらに飛んできたのだ! その風船は、まるあげドーナツの前にふんわり着地すると、中から柴犬の柴田が現れ、

「お仕事中にすみません……実は、ひとみさんの目撃情報が入ったので、急いで来たのです」

と告げると美田は、

「ひとみが……! どこなんです!」

とカウンターから身を乗り出し、

「ささやき森林公園の中なんです」

という柴田の返答を聞くと、円田店長がすぐさま、

「美田さん! 休憩を先にとっていいよ! 行ってきな!」

と言ってくれたので、美田は円田店長に深々とお辞儀をすると、

「美田薫、休憩、行ってきます!」

と言い、76歳とは思えぬ機敏さで店を飛び出し、先導する風船と鳩らを追って走り出したのだが、ちょうど、スーパーなまずに買い物にやって来た美田の妻の滋、そして、アルバイトにやって来たハトムネと鉢合わせ、それぞれに事情を説明すると、美田夫妻とハトムネの三人は猛スピードで走りささやき森林公園へと向かったのであった……!

ささやき森林公園に入ると、芝生広場ではツアー客の宇宙動物たちが帰り支度をしていて、その中には添乗員のタヌキの貫田もいて、

「美田さーん! あちらの方です!」

と指を差してひとみを目撃した方向を教えてくれたのだが、その指差す方向はささやき森林公園の広大な敷地……広範囲である……!

しかし、その指差す方向を顔を向けた美田夫妻は、

「あなた、もしかして、あそこではないかしら……!?」

「そうだ! あそこしかない!」

と直感したようで、上空で風船に乗った柴田や鳩らが旋回している中、脇目も振らず、興味半分のハトムネを引き連れ、ある場所を目指して森の奥へと入っていく――すると、二人の目の前に桜の大木が現れた! そう、そこは、ひとみの両親が永眠する場所……その桜の大木の根本に置かれた小さな二つの石に挟まるようにして小枝で巣が作られており、その巣の中には寝息を微かにたて眠っている鳩が一羽、その頭には小さな赤いリボン、それは美田夫妻がプレゼントした特注の絹のリボン、それをつけている……ひとみである!

「ひとみ……!」

「ひとみちゃん……!」

巣の中のひとみは、汚い赤いタオルにくるまれているが、そのタオルは美田がひとみを見つけた時にひとみをくるんだもので、大切な美田親娘の思い出の品だが、ひとみの家出とともに家からなくなっていたものでもあり、その赤いタオルを見た美田夫妻は、慈愛に満ちた表情で、眠るひとみを起こさぬように優しく撫でながら、

「ポッポッポ……ハトガポッポ……」

とひとみが唯一歌える歌、「鳩歌」を歌い始めると、しばらくして、眠るひとみのクチバシが微かに開き、「……ポッポッ」と歌に合わせて鳴き始めたのであった。

(つづく)


浅羽容子作「イチダースノクテン 11」、いかがでしたでしょうか?

ひとみちゃん、見つかる! よかった、いや〜よかったですね、さすが1ダースまであとひとつの11話、11といえば、恋とは全部の指輪を指にはめた余り物〜♪の井上陽水「イレブン」も名曲、津原泰水短編集「11」も名作、『イチダースノクテン』も歴史的名作の列に並ぶと今回確信しましたよ、ハイ! しかしまるなげベーグル、苦田店長の人並外れすぎた投げ力が店名の由来だとは全く気付きませんでした、円田店長と一体どんな因縁があるのやら、謎が解けつつ新たな謎満載の11、ドーナツ食べ食べ、待て、次回怒涛の12話!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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