【第二十話】
「梅木さん」
「あれ? 小田原先生。どうしたんですか?」
「いえ。ちょっと気になったもんで。竹林さんたちには〝トイレに寄る〟と言って戻ってきました」
「もしかして、心配してくださったの? ふふ。ありがとう」
小田原泉は、照れくさそうに微笑んだ後、梅木と一緒に、町長室のある部屋の前の廊下に立った。
「あのう、失礼します……」
廊下の扉は開かれ、中に入ることができた。二人は、部屋の中の様子を窺う。
さっきまでいた町長室は、この前室の奥にある扉を開いた向こうにある。
「奥にいらっしゃるみたいですね。話し声が聞こえる……」
梅木浩子は頷きながら、恐る恐る前室へ足を踏み入れた。小田原泉は戸惑いつつ、その後に続いて入る。
奥の扉の向こうから、男二人の話し声が聞こえた。
どうやら、松野一とその秘書である小口慎吾のようだ。
「町長、いいんですか? 被害届なんて出して本当に町長のイメージが悪くなったりしませんか? 放っておきましょうよ」
「いや。いいんだよ。海老で鯛釣っちゃうんだからさ。ふっ」
「えっ? 海老?」
「いいんだよ、あいつらが欲しがるんだから、出してやれば。で、最終的には、あの町も林檎も頂く、と」
「えっと……すみません。ちょっとよくわからないんですが」
「ハハッ。いいよ、いいよ。……あいつらさ、俺にこれ提出させて、自分らのイメージ良くして、金集めようとしてんの。道の駅だかなんだか知らないけど、かき集めた小銭で何建てても一緒だってんの。あの妙な地域通貨で、チマチマした金ばら撒いたらすぐ破綻するほど、台所事情やばいってのに。ま、とことんやってもらおうじゃないの」
「でも彼ら、例の幻の林檎でひと儲けするつもりみたいですよ」
「ふふっ。それなくなったら、どうなんだろうね、あいつら。ハハハ。マジで潰れちゃうんじゃねえの? でもそうなったら、俺が頂いちゃうんだけどね」
「いただく?」
「お前ホント察し悪いな。いいけど。要は、あの町ごとパクリ、だよ。そん時、もし例の幻がまだ生きてたら、それも一緒に、ね」
「それが、鯛?」
「そうそう。わかってんじゃん。久しぶりに会ったけど、やっぱチクリンだよな」
「チクリン?」
「ああ。竹林のことだよ。あいつ、高校の頃から、そう言われてるの、陰で。竹林ってチクリンって書くじゃない」
「はは。あだ名ですか」
「そ。あいつってさ、昔っからああなんだよね。いかにも善人って感じでさ、人を悪く思いません、みたいな顔してさ。ただ中身が空っぽなだけなのにさ。いかにもあいつが考えつきそうな公約だよね。ケッ。思いやりアプリか。ばっかじゃねえの」
「思いやりが地域通貨になるんでしたっけ?」
「そうそう。そもそもさ、思いやりってそういうんじゃないよね。なんかもっとさ、真心って言うか。見返り求めたりするもんじゃないよね。人に何かしてやってお返しに金くれって、なにそれ?って感じなんだけどさ、俺からすると」
「まあ、確かに。偽善っぽい感じがしますね」
「そうなんだよ。ホントに偽善者なんだよなあ、昔っから。俺、大っ嫌いなんだよ」
「なるほど。じゃ、依頼受けちゃってよかったんですか? 被害届出すの」
「うん。いいの。出すよ。で、式典も出る」
「でも……。あちらの町の地域アプリの再開に、わざわざ松野町長が出る必要もないと思いますが……。それも、予行練習的なのに」
「いや、出るよ。出て、お祝いの席で冷や水かけてやんの。思いやりを金に換えるのって本当に思いやりなんですか、ってね。大臣来る前に、ケチ付けて価値下げてやるんだ。どうせみんな思ってることなんだからさ」
「式典には、アプリを開発した中学生も来るとか……」
「へえ、そうなんだ。だったら、教えてやるよ。世の中の厳しさを」
松野一は、そう言って、乾いた高い声で笑った。梅木浩子は、立ち竦んだまま、動けなくなっていた。
「……梅木さん、行きましょう」
小田原泉は、梅木の腕を掴んで廊下へ出た。するとそこに、山本善子が立っていた。
「……えっ? なんでここに?」
部屋の中から、松野たちが出てくる気配がした。
小田原泉は、慌てて二人を廊下の向かいにある給湯室へ引っ張り込んだ。松野と小口は、笑いながら、廊下をエレベーターのほうへ歩いていった。
【第二十一話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
早くも露呈した松野町長のたくらみ。まあ、そんなことかとは思ったけれど、「幻の林檎もいただいちゃう」は聞き捨てなりません。しかも、アプリを作った中学生の前で式典を台無しにしようとは。そして、なぜそこにいるのか、当の中学生の母・山本善子。状況は混迷を極めてきました。ええ〜っ? とモヤモヤしつつ、待て、次号!
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