
猪苗代湖のスワンボード
【第九話】
『もうちょっとだけ』
かっぱえびせんは、やめられないし、止まらない。
封を開けて、ふと気がつくと一袋空っぽになっていて、「やべっ」と思うけれど、止まらない。晩ごはんの前にそれをやっちゃうと、お母さんの機嫌が悪くなる。
お兄ちゃんは、「飯もちゃんと食えばいいんだよ」と言うけど、さすがに一袋ほぼ一人で空にしちゃうと、ごはん入らなくなるんだよね。せっかく作ってくれたお母さんには悪いけど、残しちゃう。
だから、キリの良いところでいつも止めようと思うのに、「もう1本だけ」ってその繰り返しで、気がつくと袋が空っぽになってる。
最近、LINEでメッセージのやり取りをするようになったサリーさんにそのことを話したら、かっぱえびせんって、サイズ感とか、食感とか、すごく計算して作られているんだってことを教えてもらった。知らずに食べてる間に、中毒みたいになっちゃうんだって。
それ聞いた時に、「そりゃ途中で止めるの無理じゃん」って思った。
それでお母さんに、「かっぱえびせんは、中毒になるらしいから、もう買ってこないで」って言ったら、お兄ちゃんが「俺が食うから買ってきて。お前はもう食わなくていいよ」って言って、それ以来、お兄ちゃんの専用お菓子になっちゃった。
わたしだって、食べたくないわけじゃない。
むしろ大好き。たぶん、世界中のお菓子の中で一番好き。だから、隣でお兄ちゃんがボリボリ食べてるとつい食べたくなっちゃう。マジでつらい。ほんとムカつく。
そして思うの。やっぱりかっぱえびせんはやめられないって。
わたし、こういう〝やめたいのにやめれない〟みたいなの、割とある。
例えば『あつ森』。
あのゲームで遊び始めちゃうと、勉強の時間も、お風呂の時間も、寝る時間も、どんどん押せ押せになっちゃって、結局最後はお母さんに怒られる。
あつ森って、ゲームの中でいろんなことができすぎちゃうんだよね。ただ冒険するだけとか、闘うだけとか、色を揃えて消すだけとかだと、意外とすぐやめることもできる。
飽きちゃうから。
でもあつ森は、魚釣りが飽きたら海に潜って貝とか取って、またそれに飽きたら果物とか野菜とかキノコとかを収穫してそれらの食材でクッキングする。それにも飽きたら洋服デザインしたり、打ち上げ花火を自分の好きな絵で作ったり、島を改造したり、かっぺいやロドリーに頼んで無人島に連れてってもらったりもできる。
遊ぶ時間や季節で起こることがいろいろ違うし、現実みたいなの。
ううん。現実以上かも。
だって、流れ星にお願いし続けたり、オーロラ観たりなんて現実の世界ではできないもん。
とにかくいろいろやること多すぎて、無限で遊べちゃう。
季節ごとにめっちゃいろんなイベントあるし。一回、イースターのイベントの時に、すっごい夜遅くまでやりすぎて、新学期早々寝坊して学校に遅刻しそうになって、お母さんに、一週間Switch取り上げられちゃったことがあった。めっちゃ懺悔して、お手伝いもして、何とか返してもらったけど、ちょっとやらなかった間に島中に雑草が増えてたりして、却ってその後大変だったんだよね。
あれもさ、「もうこれしなきゃいけないから、やめなきゃいけない」って思うのに、つい「もうちょっとだけ」って続けちゃうの。
あー。あれもそうかも。読書。
本も漫画も、楽しみは少しずつ味わいたいから、ちょっとずつ読もうっていつも思うのに、つい一気に読んじゃう。うちはそんなにお金持ちってわけじゃないから、短い期間に何冊も買ってもらえないし、結局、その一冊で暫く過ごさなきゃいけないから、もう読んだやつを何回も読まなきゃいけなくなって、最後のほうは、別に好きでもないのに、暗記しちゃうくらいになる。
クラスメイトの里奈ちゃんは、「図書館で借りたらいいじゃん」って言うけど、本にも好みってあるんだよね。学校の図書室にあるやつで、好みのはもう大体読んだ。もちろん読んだことない本もまだまだたくさんあるけど、好みじゃないから。
そういうのは「食わず嫌い」って言うらしい。
でもいいの。食べたくなったら食べるし。別に一生食べないってわけじゃないし。食べる前に嫌いでも、嫌いなのに無理やり食べなくても、いいじゃんって思う。
そんな感じで学校の図書室にはもう期待できないから、市の図書館に行きたいんだけど、自転車で行くにはちょっと遠いんだよね。時々お父さんに車で連れてってもらうけど、返しに行く時もお父さんとだから、ちょっと嫌で。
お父さんは駅員さんだから、割とみんなに顔が効いてるみたいで、すぐ誰かに話しかけたり、かけられたりする。一緒にいるの恥ずかしいから、クラスメートに見られなくないのに。
山とかは知り合いもあんまりいないからいいけど。町中はね。人目があるから。
ていうか、大人の人とかみんな、ちゃんと少しずつ読んだりできるの?
だとしたらすごいな。わたしは「あともう1ページだけ」って思うと、その後すごい展開になったりして、途中でやめたりできなくなっちゃうから。サリーさんの話では、老眼とかいうのが始まると、読みたくても読めなくなるらしいけど。目が疲れるんだって。
でもそれって、意志で止めてるわけじゃないもんね。
ホント、何かをし続けたい気持ちの途中でやめるのって難しい。
でも実際、今、一番それで困ってるのは、LINE。
でもこれはどっちかって言うと、わたしがやめたいというより、「〝やめたい〟と思ってもらいたい」という悩みなんだけど。
最近お父さんと山登りするようになって、万が一、山ではぐれたりしたら大変だからって、お父さんがスマホを買ってくれた。
お母さんは「まだ早い」ってめっちゃ反対したけど、お父さんが珍しくお母さんに逆らって、わたしに渡してくれた。まあキッズスマホだけど。でもLINEはできる。クラスの中には、まだスマホを持ってない子のほうが多いんだけど、里奈ちゃんは持ってて。
さすがに学校に持っていくのは禁止されてるから、わたしがLINEできるのは、家に帰って来てからと、休みの日だけなんだけど、里奈ちゃんはしょっちゅうメッセージを送ってくる。
一緒にいないのに、すぐ傍にいるような気になれるから楽しくて、ついついやり取りし続けちゃうんだけど、途中で他のことしたくなったり、トイレに行きたくなったりもするから、適当なところでやめようと思って、文字を打たずにスタンプだけ返したり、返信する間隔を開けたりして、終わりを匂わせるのに、里奈ちゃんったらまたメッセージを送ってきたりするの。
しかもそういうときに限って、里奈ちゃんは深刻そうな悩みとか持ち出してくるから、無視するわけにいかなくなって……。
あれ、どうやったら終わらせることができるの?
【第十話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第九話、いかがでしたでしょう。今回から、新しい主人公の新しいお話です。それぞれの人生に見極めの難しい「潮時」がありますが、現在難しい潮時ランキングをしたら多数の支持を集めそうな件「LINEの切り上げ時」、出ましたね。このお話がどう展開するのか、次回もどうぞお楽しみに。
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