潮時 第二十七話

【第二十七話】

『ドライビング・ミスター・フルムーン』

正午のニュースを見ながら、満男はいつものように、朝の散歩帰りに近所の『鶴亀いなり』で買ってきた寿司を、妻と食べていた。

最近、妻の鶴子の様子が些かおかしい。

「あら。これ、鶴亀のお稲荷さん? 久しぶりに食べたわ。やっぱりおいしいわね」

「馬鹿言うな。昨日も食ったじゃないか」

「あら、そうだった?」

アナウンサーが、どこかの町で起こった高齢ドライバーの事故のニュースを伝えていた。

「また、どっかのジジババがやったのか……」

満男は苦々しい気持ちで、それを聞いていた。
(また章子のやつが、煩いこと言ってきそうだ……)

「……ううん。やっぱり久しぶりよ、ここのお稲荷さん」

鶴子が、口を真一文字にして訝る。

「何言ってんだよ。毎日食ってるよ。お前……」

呆けたんじゃないのか、という言葉を続けようとして、満男はその先を飲み込んだ。
本当に呆けたかもしれない相手に対して、その言葉は言えない。
別に、言霊を信じているわけではないけれど、言えば本当になってしまいそうで、いや、本当であることを認めなきゃいけなくなってしまいそうで、言えなかったのだ。

満男の2つ下なので、鶴子はこの春、喜寿を迎える。
誕生日には、一人娘の章子が、箱根の温泉旅館を予約してくれたので、章子の家族と皆で泊って盛大に祝うことになった。

「切符なんていらないよ。箱根だろ? 何回も行ったことあるし。自分で運転していくよ。そのほうが、母さんも楽だろうし」

たとえ一泊二日でも、そこそこの荷物になる。特に女の持ち物は多い。
鶴子の荷物と自分の荷物を運んで駅までの道を歩くのは、正直辛い。
本当は「自分の荷物なんだから、自分で持てよ」と言いたいところだけど、紳士的であることが義だと思い続けて生きてきた身としては、今更「重たくて疲れちゃうから」という理由で持つのを断ることはできなかった。紳士じゃなくなった自分を妻がどう思うかも気になるが、何より、己の老いを認めるようで嫌だった。

「何言ってんのよ。そんなの無理に決まってるじゃない」

章子が、にべもなく言い放つ。

「無理なもんか。箱根までなら何度も運転してるから大丈夫だ。新しい車は燃費が良いから安くて済むし。さすがエコカーだな」

「……だってお父さん、ぶつけたじゃない」

「そんなの。……いつの話してるんだ」

「あの車に替えたのって、前の車の車体感覚がわからなくなって、スーパーの塀にぶつけたからじゃなかった?」

「まあ……」

「他の車や人にぶつけたんじゃなかったら良かったものの、何かあってからじゃ遅いの。そもそも前の車って、確か10年以上乗ってたよね? で、ある日突然わからなくなるって……。それってそろそろやめたほうがいいってことじゃないの? 運転」

「何言ってんだよ。せっかく買い替えたのに」

「それもさ、私、反対したよね? あの車種ってやたら事故多くない? それも年寄りの。大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。自動運転だってついてるし」

「それ運転支援でしょ? 自動で運転してくれるものじゃないよね」

「そう、なのかな」

「ほら。よくわかってないよね。機械はアシストしてるだけで、実際はお父さんがちゃんと運転しなきやいけないんだよ」

「してるよ。してる」

「よりによって。何であんな車……」

章子の言葉を遮るように、章子の夫、新一が口を挟んだ。

「あの車種は、年配の人に好まれるから事故のイメージが多いけど、実際にあの車種にとりわけ多いというわけではないらしいよ」

「……そうなの?」

「うん。だから、車のせいにするのは悪いよ」

「ふうん……。でもまあ、お父さんたちは電車のほうがいいよ」

「〝お父さんたち〟は? じゃお前たちは何で行くんだ?」

「私たちは車で行くわよ。現地で足なかったら困るでしょ?」

「俺の車を足にすればいいじゃないか」

「お父さんの車、全員乗れないじゃん。全部で六人だよ」

「空はお前の膝の上でいいじゃないか」

「何言ってんの。チャイルドシートに乗せるに決まってるじゃない。膝抱っこなんて昭和すぎる。万が一、事故したら、その子は死ぬんだからね。車外放出されて。アメリカでは厳罰なんだよ」

「ここは日本だ」

「日本でも! 未だに時々いるけどね。走ってるの車の中で、子どもが歩き回ったりしてるの。なんでチャイルドシートに座らせないのか、全く理解できないけどね。固定されるのが嫌な子もいるけど、どんなに自分が安全運転してても、よその車にぶつけられることもある。その時、子どもだけが外に放り出されるのよ。あり得ない!」

「まあな。じゃあ、どのみち全員乗れないじゃないか」

「なんでよ? うちの車、三列シートだから。七人乗り」

「そんなに乗れるのか」

「じゃあ、最初からそれに乗ってみんなで行きましょうよ」

これまで、我関せずと話に入ってこなかった鶴子が言った。

「確かに。それだったら、父さんたちも電車で行かなくていいじゃないか」

「……えっ。それは、ちょっと」

「なんだ」

「だって、お父さんたちを迎えに行くとなると、逆方向だしさ」

「ちょっとの距離じゃないか」

「お父さんたち、一番後ろのシートに座ってくれるの?」

「一番後ろは、乗り降りしづらそうだから、ちょっと嫌だな。子どもたちを後ろに乗せればいいじゃないか」

「だから、チャイルドシート、備え付けてるの。二列目に」

「移動させたらいいじゃないか」

「あの子たちの席なのよ。暇つぶしにテレビも見れるようになってるし。三列目からじゃ、よく見えないから機嫌悪くなるのよ」

「そんなの、言い聞かせろ」

「ほら。そういうこと言うでしょ。だから嫌なの。うちの車には、うちのルールがあるの」

「だとしたら結局、俺と母さんが一番後ろに座らせられるんだろう?」

「まあね」

「ふんっ」

「嫌なら、お父さんたちだけ、タクシーでついてきたらいいじゃない。二台使うよりは安上がりよ」

「結局、俺たちはタクシーか」

「いずれにせよ、お父さんたちは電車でおいでよ。そのほうがゆっくりできるじゃない」

家から最寄り駅まで歩いて20分。
若い頃には何でもなかったこの道のりが、最近はすごく長く感じる。しかも坂になっている。

駅に着いてからも、やたら階段が多くて、電車に乗るまでに疲れ果ててしまうのだ。
一応、駅にエレベーターはあるけれど、小さくて、ベビーカーや車椅子の人を優先するように書いてあって、そのどちらかを一台乗せたら、スペースがもうないような代物だった。

散々待った挙句、いざ乗ろうとして、後から来た若い子連れに「あなた、ベビーカーでも車椅子でもないですよね?」と言いたげな視線を向けられると、乗る気が失せ、最初から階段で行けばよかったと後悔すること頻りなのだ。

鶴子のことも気がかりだった。

【第二十八話へ続く】

(作:大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

大日向峰歩作『潮時』第二十七話、いかがでしたでしょう。今回から新しいエピソード『ドライビング・ミスター・フルムーン』のはじまりです。満男・鶴子の老夫婦とその娘一家が登場します。認知症と思われる鶴子との噛み合わない会話がリアルです。満月を思わせる名前の「満男」がきっとミスター・フルムーン? ということは「ドライビング」だから結局運転することになるんでしょうか? ワクワクしつつ、次回もどうぞお楽しみに。

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