潮時 第三十八話

【第三十八話】

『さよなら、久代線』

過疎の町。
人口は、2000年をピークに減少に転じた。その年、町の死亡率が出生率を上回り、それから20年ほどで、人口は半分に減った。

このままでは町政が成り立たなくなると、近隣の町村と合併して、更科市となった。
だがそれも、人口の加速度的な減少を食い止める手立てにはならなかった。
群軽折軸。塵も積もれば山となり、やがてそれを積む車軸さえ折ってしまう。
確かに、合併によって顕在的な危機と潜在的な負債は増え、市としての骨組みを折ってしまいそうだった。

多くの自治体がやっているように、更科市も、子育て世代の支援を増やしたり、定住促進のため、東京のふるさと回帰支援センター内にチラシを置いたり、相談ブースを設けたりもした。

だが、全国から集まってきた猛者たちと、〝今後長期に渡って税金を納め続けてくれそうな繁殖力高めの移住者〟という限られたパイを奪い合うには弱く、期待された効果は得られないどころか、年間50,000円の会費が、真綿で締めるように市の財政の首を絞めた。
結局、財政難を理由に、完全撤退という英断を下す羽目になっていた。

外から呼べないなら、せめて内からの流出を阻もうと、地元の私立短大を公立化し、地元に残る若者を増やそうともした。

けれども、かつて隆盛を極めた短大ブームも、少子化で四年制大学が入りやすくなったのもあって既に下火となっており、入学者は5年連続で定員割れを起こし、改組や統合などの抜本的な改革をしない限り、いつ募集停止になってもおかしくない状況だった。

そんな中、公立短大の誕生で見込んでいた通学利用者が伸びず、市の中心部を走るローカル線の廃線が決まった。

地元民から〝東鉄〟と呼ばれる東信州鉄道株式会社は、第三セクターの典型的な鉄道会社で、市と民間が合同出資しているが、設立当初から一度も黒字になったことがなかった。

この秋、廃線になるのは、久代と釜坂までを繋ぐ久代線だ。

元は、久代から新潟との県境に近い大山まで繋がっていた川東線の一部区間だったが、10年前、その路線の山側3分の2が廃線になったとき、かろうじて残された区間だった。

今回の廃線で、東鉄は、東野から釜坂を経て錆温泉へと繋がる川西線のみになった。
生き残った川西線のほうも、数年前までは経営的にかなり苦戦していたが、錆温泉の露天風呂に浸かる猿がSNSで評判になり、インバウンド需要でなんとか盛り返した。
ここ数年は、その収益で赤字路線の久代線をどうにか〝扶養〟してきたのだが、それももう限界ということなのだろう。
1年前の秋、東鉄側が、もうこれ以上の継続は断念せざるを得ない旨を更科市に告げた。当然、住民と市は猛反対した。

そもそも、10年前に川東線が廃線になると決まったとき、市は住民と共に「この区間だけは何とか残してほしい」と嘆願し、川西線へ接続する釜坂駅からJRへ接続する久代駅の区間を切り離し、久代線と改名させてまで、無理矢理存続させたのだ。
沿線には学校や病院が多く、学生や高齢者などの交通弱者のためにも、それを残すことは必至だった。

その後、『地域公共交通の活性化及び再生に関する法律』が施行され、地域の公共交通を維持するためには、国や地方自治体がある程度の義務を負うことが求められるようになった。
中でもとりわけ地方自治体が果たす役目は重く、市は、存続させはしたものの、相変わらず莫大な赤字を出し続ける久代線において、全国各地のローカル線でありがちな、パーク・アンド・ライドや、サイクル・トレインを導入して利用客の増加を試みもした。

だが、焼け石に水だった。もはや手遅れだった。そして、久代線の余命は1年だと決まった。

余命宣告を受けてもどうしても諦めきれぬ住民たちは、国の更なる関与と支援を義務化した改正法案を手に、最後の足掻きとばかりに、住民自治協議会長の連名で、ある遠大な計画を打ち出した。

それは、国からの援助を得て、廃線になる久代線の軌道の一部を用い、久代から竹代までの区間に次世代型路面電車、LRTの敷設を求めるというものだった。

彼らの要求は、まずは市議会で協議され、全会一致の賛成で採択された。

だが、具体化するための後の調査で、初期投資で158億円、運行するのに年間9億2000万かかることが判明し、採算を取るためには、一人1,650円の運賃を要すること、もしそれができず久代線並みの運賃に据え置いて運行するならば、市の負担額は年間8億円かかるとされ、雲行きが怪しくなった。
法改正によってそのうちのいくらかを国から援助してもらえるとしても、この先の人口増加も増収のあてもない自治体にとって、それは到底実現不可能な、絵に描いた餅であることが判明したのだ。

そしてこの秋、一世紀に渡って人々の移動の足を担ってきた久代線およびその軌道が完全に廃線になる。

廃線が決まり、頭を悩ませていたのは、東鉄広報部の降籏だった。

というのもこのところ、地方のローカル線が廃線になる度、〝葬式鉄〟という鉄道ファンの一種が大挙して押し寄せ、物議を醸していたからだ。
彼らはただ、車両や路線を弔うためだけに、津々浦々遠路はるばる出かけ、今限りの乗車や撮影を楽しみ、運行最終日には、葬式さながら、去り行く電車に大声で別れの言葉を送る。

大量に集うその者たちが、礼節をわきまえ、路線や車両のみならず、長年それらと共に居続けた住民への配慮や遠慮があるならば、降籏的には何の懸念もない。

だが、彼らはただ、いつでも見れるし乗れるという〝自由を奪われることへの抵抗〟と、今を逃すともう手に入らないという〝不可逆への不安〟を行動に表しているだけなので、さほどその路線に思い入れもなく、ましてやその町やそこに暮らす人たちに対する愛情も敬意もなく、初めて足を踏み入れた田舎を揶揄し、大量の乗客を捌くことに慣れていない駅員に文句を言ったり、ゴミを置き去りにしたりする。
そのため、自分たちが今まで利用してきた鉄道を、感謝の気持ちを持って静かに見送りたいと願う地元民との間に軋轢が生じることも多かった。

せめて、収入面で何かメリットでもあれば鉄道会社にとっても有終の美を飾ることにもなるし、溜飲が下がるのだが、彼らは最終日の最終列車にのみ強い執着を持つので、それ以外には乗車せず、専ら入場券を使っての改札内への出入りと、撮影に恰好な私有地への無断立ち入りに終始しており、大した利益にはならないばかりか、むしろ、それらへの対応のために余計な業務を増やさなくてはならない。

それでなくても、万年赤字路線を抱えてきた鉄道会社には、消えゆく路線へ投入する金も人員も余裕も経験則もなく、車両や駅に溢れる彼らをどう捌けばよいのか、果たしてどれくらいの数の鉄道ファンが来るのかも、皆目見当がつかなかったのだ。

(これまで乗ってくれた地元の人だけに見守られながら、静かに送り出したいのだが……)

そんな降籏の願いも空しく、鉄道雑誌には、久代線のラストランのニュースが、当日の運行表と共に掲載された。

(まずいなあ……。これに載ったらもう最後だ)

【第三十九話へ続く】

(作:大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

大日向峰歩作『潮時』第三十八話、いかがでしたでしょう。七つ目のお話が始まりました。これまでの『潮時』のエピソードにちょいちょい登場してきた「久代線」がいよいよその姿をハッキリ現しました。一世紀に渡り地元の移動の要となってきたものの、今や赤字を積もらせ廃線が決定。それが久代線の「潮時」なのはわかりやすいですが、ラストランイベントに押し寄せるのは「葬式鉄」たちだけではなさそうで……? 次回もどうぞお楽しみに。

作者へのメッセージ、「ホテル暴風雨」へのご意見、ご感想などはこちらのメールフォームにてお待ちしております。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・マンガ・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 X(旧Twitter)
スポンサーリンク

フォローする