
【第三十七話】
萌愛の言葉に、心愛と円華は頷き「やっぱりね」と言った。
凜は再びスマホに視線を落とし、佐々木は嬉々とした目で萌愛を見つめ、芽愛は不満そうに口を一文字に結んだ後、円華のほうを見て訊いた。
「円華さん、どうして萌愛がそう思ったって、わかったんですか?」
「どうしてって……。見てたらわかるよ。萌愛、電車好きなんだなって。電車好きな子だったら、やっぱり廃線って悲しいんじゃないの? さっきだって、久代線がなくなるって聞いてから、急に元気なくなってるし」
円華は、机の上に置いてあったタンブラーを傾け、中にわずかに残っていたコーヒーを飲み干すと、佐々木のほうを見て、言った。
「ねえ、佐々木さん。市長まだ? 結構待たされてるよね、私たち。別にいいんだけどさ、コーヒーなくなっちゃったから、新しいの、買いに行っていい?」
「ごめん。市長も就任してすぐだから、いろいろ挨拶回りもあるみたいなんだよね。もうそろそろ来ると思うから、あとちょっとだけここで待ってて。いつ来るか、わからないから」
「わかった」
そう言うと、円華は空いた時間を埋めるように、佐々木に尋ねた。
「ところでさ、なんで久代線ってなくなるの? そんなに乗る人、いないの?」
「今はみんな車あるからね。乗ってるのは学生とお年寄りだけ。短大を公立にするって話も立ち消えになりそうだしね。公立になったら、入学者が増えて利用者も増えるって思ってたみたいなんだけどね」
「あてが外れたってことか……。そりゃ、厳しいね」
「でもお年寄りは、困る」
佐々木と円華の会話に、突然、萌愛が割って入った。
いつもとは違うその様子に、佐々木は驚きを隠し切れないまま、興奮気味に応えた。
「そうだよね。市としても、できればお年寄りのために残したいのはやまやまなんだけどね。もうこれ以上の助成は難しいんだよね」
「えっ? 久代線って、市が助成してたの?」
円華が尋ねた。
「うん。久代線だけじゃなく、東鉄にね。東鉄には、県と市で分担して財政的に援助してる。今回、小林さんが市長になったでしょう。あの人、万年赤字を垂れ流す鉄道はなくていい、という考えなんだよね。バスでいいって。前の大林さんは、鉄道擁護派だったんだけどね、小林さんは違うから」
「そうなんだ……。市長が変わると、いろいろ大変だね。でもそうだとしたらさ、うちらもどうなるかわからないね」
「えっ! 杏乙女、なくなるの?」
円華の根拠のない呟きに反応したのは、佐々木ではなく、芽愛だった。
芽愛は佐々木のほうをギッと見つめて尋ねた。
「いいや。今のところ、そういう話はないから」
「でもわかんないよね。覚悟しておいたほうがいいんじゃないの?」
円華が冷笑しながら言った。そんな円華を睨みながら芽愛が反撃する。
「円華ちゃんはいいよ。乙女でやり残したこととか、ないでしょ? でも私たちは、まだ続けたい。そうだよね? みんな」
芽愛は、萌愛や心愛に同意を求めるように視線を送った。
「やり残したことはない、か……。まあ、そうね。ていうか、何もしてないけどね、実際」
自虐的に円華が呟き、空気が凍り付く。佐々木が取り繕うように言葉を発する。
「そんなことな……」
それを制するように、凜が割って入る。
「確かに。別に地元のPRにもなってなかったしね。確かに私たちの活動費がなかったら、ひょっとしたら久代線は残ったのかもしれないね」
そう言うと、ケラケラと声をたてて笑った。その言葉に、誰より反応したのは、萌愛だった。
「えっ……。もし私たちが辞めたら、久代線は残るの?」
萌愛が佐々木に尋ねた。
「いや。関係ないよ」
「でも……。私たちの活動費って市が出してくれてるんでしょ? 凜ちゃんが言うように、私たちが辞めたら、その分、鉄道に回せるんじゃ?」
萌愛の反応に、些か戸惑いながらも、心愛が言った。
「ウチらの活動費削ったくらいで、電車が動くわけないじゃん」
「そうかな?」
「心愛ちゃんの言う通りだよ。それに、ウチらが辞めても、他の誰かがまた乙女になるだけでしょ。今までだってずっとそうだったじゃん。みんな変わったじゃん。円華さん以外は」
芽愛が佐々木の代わりに答えた。そのやり取りを見て、佐々木が頷きながら、付け足した。
「そうですね。杏乙女の活動費を削ったところで、久代線の廃線は覆りません。これはもう決まったことなんです。だからそんなことを萌愛ちゃんは、気にする必要なんてないんだよ」
「そうだよ。ウチらの活動費なんて、そもそもそんなにないじゃん。大体自腹だし。衣装だって、うちのママが作ったりしてるよね」
芽愛が佐々木に加勢する。それでも萌愛の表情は晴れない。
「萌愛、久代線がなくなるのは悲しいかもしれないけど、それとウチらの活動とは別だよ。ウチらがこうやってアイドル活動することが、町を元気にすることなんだよ。ここで辞めたら、久代線どころか、川西線までなくなっちゃうかもしれないよ」
「そうだよ、萌愛ちゃん。芽愛ちゃんの言う通り。君たちの活躍があっての、この町なんだから。そんな悲しいこと言わずに、頑張ろうよ」
「そうかもしれないけど……。でもやっぱり嫌だ。……私、今日で、杏乙女、辞めます」
萌愛の衝撃発言から数日が経った。
佐々木を含め、メンバーである芽愛と心愛も説得を試みたが、萌愛の強い意志は変わらなかった。
一番人気の萌愛がいなくなれば、アイドルとしての杏乙女の価値が暴落するのは、目に見えていた。
やむを得ず佐々木たちは、いつものように、とりあえず新しいメンバーを入れて再始動することを考えたが、新しい市長である小林はその提案を受け入れなかった。
市のプロモーションにもならないローカルアイドルはそもそも不要だ、と言った。
それでももし、その手の宣伝を継続するのなら、これまでとは心機一転、違う路線に切り替えることを提示した。
そんなこんなのゴタゴタで、凜が辞めた。
元々、大学卒業までと決めていたらしい。卒業まで一年を残していたが、前倒して辞めることにしたのだ。
「で、円華ちゃんはどうするの?」
葉月が訊いた。
「辞めるしかないよ。だって〝心機一転〟なんて。それって私を外さない限り、成立しないじゃん」
「そうなの?」
「そうでしょ。体のいいリストラだよね。歳取ったアイドルは要らないという」
「そうなのかなあ……。だって、あの人、そういうエイジハラスメント的なものに反対してない? 市の宣伝をするローカルアイドルそのものを廃止するっていうのならまだしも。そうじゃないんでしょ?」
「まあね。私ってキャリア長いから、市の観光課にも結構知り合いいるんですよ。で、知りたくなくても知っちゃうの、いろんなこと。彼らの話によると、アイドルは作るらしい」
「そうなんだ……」
「で、新しく作るグループって、鉄道アイドルなんだって」
「えっ! ……まさか?」
「うん。その中にね、萌愛がいるの。というか、萌愛中心で作られるみたい」
「何それ! だってその子、自分たちの活動費を鉄道に回せって言って辞めたんでしょ? それなのに、鉄道アイドルならいいわけ?」
「まあ、萌愛は鉄子だから、鉄道アイドルにしますって言われたら、やりたくなっちゃったんじゃないかなあ」
「鉄道を推すために自らアイドルになって、ってやつか……」
「まあ子どもだし。感情で動くから。大人たちに、うまいこと言いくるめられたのかもしれないし。佐々木さんは萌愛推しだったしね」
「他の子たちは? なんだっけ? 似た名前の……」
「芽愛と心愛?」
「そう、それ。その子たちはどうするの?」
「それが……。どうやら一緒にやるみたい」
「えーっ!」
「ですよね」
「彼女たちも鉄子なの?」
「違うんじゃない」
「ビジネス鉄子か……。最近、多いよね」
「あの子たちは、結局なんだかんだ言っても、萌愛と一緒にいる自分が好きなんだよ。一番人気とセット売りされる感覚が心地いいんじゃない? 光差す場所に立って」
「そうなんだ……」
「しかも、市長が〝アイドルイコール女子〟は変だって言いだしたらしく。男の子も入れるって。今度の久代線のラストランのステージで、新しいグループのお披露目兼メンバー募集を告知するそうで」
「へえ……。まあ、鉄道好きには性差があるからね。圧倒的に男性が多い。そうだとしたら、そうなるのだろうけど……。だったらいろんな世代の人がいてもいいじゃんね、矛盾してるね」
円華は力なく笑った。その頼りない笑顔を見て、葉月がさらに訊いた。
「じゃあ、杏乙女は、活動休止ってこと? それとも、解散?」
「まあ、解散、でしょうね。少なくとも同じ形での再結成はないのだから、活動休止ではないですよね」
「そっか。それを、今度の久代線のステージでそれを言う感じ?」
「ううん」
「えっ! 何も言わないまま終わり?」
「そうだと思う。自然消滅的な感じかなあ」
「確かに鉄道でも、そういう終わり方ってあるんだよね。人知れずこっそり終わる的なやつ。確か〝特急しもつけ〟っていう東武の特急がそうだった。パンデミックで、ある日突然運休になって、しばらく運休してたと思ったら、突然のダイヤ改正で廃止だったんだよね」
「へえ……。詳しいね、葉月さん。電車好きなの?」
「まあね。だから、勝手に責任感じて心痛めちゃう萌愛ちゃんの気持ちも、ちょっとだけわかる気がする。廃線ってやっぱり悲しいし。自分のせいでって思うこともある。もっと乗ればよかったな、とか。まあ、私一人がいくら乗っても、何も変わらないんだけどね、実際」
「そうなんだ……」
「あっ、ごめんね。円華ちゃんたちのグループの終わり方から、つい鉄道の終わりを連想しちゃった。でもさ、本当に何も告知しないの? こんなに長くやってきたのに」
「そうですね。ただ、新しいアイドルユニットができます、の告知はあるみたいだけど」
「マジ?!」
「まあ私は、元々辞めるきっかけが欲しかったのだから、そういうお披露目的なものがあろうがなかろうが、いいんですよ、これで。でも……」
「でも?」
「うーん……。私が欲しかったのは〝杏乙女というグループの引退〟じゃなくて〝私という個人の引退〟だったんですけどね。あのぬるま湯から出たかったの。これじゃ湯自体がなくなる感じじゃないですか」
「杏乙女は円華ちゃん自身ではないの?」
「うん。私は最後まで〝杏乙女=自分〟にはなれなかった。だからちょっと違和感あります。でも仕方ないです。それは私の問題だから。グループと自分が一体化するほど必死になれなかったっていうことなんだと思います」
そう言うと、円華はフッと天を仰ぎ、眩しそうに太陽の光を掌で遮った。
【第三十八話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第三十七話、いかがでしたでしょう。六つ目のお話のラストは、ローカルアイドルグループ「杏乙女」の予期せぬ突然の終わり。終わりが華やかでなくてもいい、でも、「ぬるま湯から抜け出したかったのに湯自体がなくなった」ことへの円華のモヤモヤが妙にリアル。劇的でない、ひっそりとあっけない終わりから少なくないものを感じる経験、あなたにもあるのではないでしょうか。私はありますし、そういうものがあれこれ詰まったラストと感じました。さて、廃線になる久代線がそろそろ登場するか!?次回もどうぞお楽しみに。
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