オオカミになった羊(後編29)by クレーン謙

──羊歴1420年、第八の月、酷暑が続き戦闘の激しさが増す中、オオカミ族がアヌビス族とキメラ族の両族と軍事同盟を結びました。
高い戦闘力を誇るアヌビス軍を率いるのは、眼光鋭く金色のたてがみを蓄えたセト大佐。
オオカミとジャッカルの血を引くアヌビス族は、オオカミの俊敏さと集団統率力、それに
ジャッカルの聴覚と嗅覚を併せ持っている、と言われています。
オオカミ族は弓矢の名手ですが、アヌビス族は名高い剣の使い手です──アヌビスの剣士の後ろに立つ者は必ず斬り殺される、という伝説があるぐらいなのです。

一方、キメラ軍を率いるは、渦巻き状の立派なツノが際立っている、見る限りは羊にしか見えないアルゴー元帥。アルゴー元帥もそうなのですが、キメラの兵士達はその雰囲気、立ち居振る舞いからして、武器をとって戦うような種族には見えませんでした。
それに元々キメラ族は羊系の種族。オオカミ族からすれば、なぜ彼らがオオカミと同盟を結ぼうとしているのかが全くの謎なのです。
そこでオオカミ族指導者ミハリはアルゴー元帥を呼び、その真意を探ることにしました。

ミハリのゲルに入ったアルゴー元帥は、オオカミに敬意を表す挨拶をすると、ミハリに腰を下ろすようにと言われたので、ゲルの真ん中で灯る火に向かい合う形で腰を下ろします。
ミハリはイヌハッカのキセルをアルゴー元帥に勧めながら、言います。

「……アルゴー殿、単刀直入に伺うが、なぜキメラ族は我らと軍事同盟を結ぼうとしているのか ? 我らは羊族と敵対している種族なのですぞ。あなた方にすれば、羊族は同族なのではあるまいか ? 」

アルゴー元帥はキセルを受け取り、口に入れその煙を深く吸い込み、一呼吸置き、フーと静かに吐き出します。

「オオカミ族指導者ミハリ殿、我らキメラが羊から枝分かれをしたのは、遥か昔の事。それに我らキメラは半分は神の血を宿しておるのです──少なくとも我らキメラ族はそのように信じています。我らが目的は、神の成し遂げようとしている試みを妨害するヘルメスを倒す事なのです。それに……」

「それに、なんだね ? 」

「ヘルメスは、あなたの息子アセナを亡き者にしようとしています。私は《天使》のお告げでアセナとその相方、ソールを守るよう仰せつかったのです。しかしそなたは、立場上、アセナを許せないのでしょう──仲間からも狼望の高かった軍師フェンリルを殺したとならば、オオカミ族の怒りは免れぬでしょうからね。そこで、いかがなものでしょう。密かに我らがアセナの命を守る役割を担う、というのは ? そうすれば、あなたの指導者としての面目も保たれるでしょうからね……」

しかし、ミハリはその申し出に何も答えず、沈黙を保ったままアルゴーの目を見つめるだけでした。
これはきっと同意の印なのだろう、と踏んだアルゴーはキセルをミハリに返し、うやうやしく頭を下げ、ミハリのゲルから外へと出ました──外にはミハリの腹心マーナガルムが待っていました。

「……うまく話はつきましたか ? 」
「うむ、恐らく。マーナガルム殿、さっそくではあるが、アセナに会わせてもらえぬかね」

マーナガルムはゲルから離れながら、声を潜めアルゴーに答えます。
「ぼっちゃんは、ヴィーグリーズの谷にてソールと潜伏しています。……しかし、会ってどうするんですか ? 」

ふと気づくと、いつの間にかアヌビス族のセト大佐が二匹の隣に現れていました──アヌビスはオオカミよりも遥かに俊敏であるのを、マーナガルムはこの時に理解しました。

「我らは主の導きにより、アセナのしもべとなるのだ。表面的にはオオカミ族と軍事同盟を結んだ関係を維持するが、我らの本当の盟主はアセナなのだよ……。我らはアセナを守り、そして、アセナの命に従い行動を起こすよう《天使》に告げられたのだ。いずれにせよ、我らはヘルメスを倒さねばならぬ」

と、セト大佐は金色のたてがみをなびかせながら、言いました。
マーナガルムは呆気にとられ、セト大佐を見つめます。
三匹はしばらく無言で歩き続けましたが、セト大佐は鼻をヒクヒクさせ立ち止まり、用心深そうにアルゴー元帥の方を向きます。

「フム……、確かにそなたは完全には羊ではないな。匂いで分かる。それが《神》の匂いなのかね?」

アルゴー元帥も立ち止まり、渦巻き状のツノのある顔を、セト大佐に向けました。
今までマーナガルムも気がつかなかったのですが、アルゴーの目付きは確かに羊とは違っています。
マーナガルムが目を見つめているのに気付いたのでしょう。アルゴーが言いました。

「……さよう、私は《神》の目を持っておる。残りは羊と何も変わらぬ。私はこの《神》の目のおかげで、遥か遠くまで見通せ、羊やオオカミが見れぬ色も観れる。我らキメラ族はかのように何かしら《神》の身体を一部分宿しておるのだ。ある者は神の心臓を宿している。羊は本来三十年ほどしか生きられぬが、神の心臓を宿した者は百年は生きる。またある者は、神の頭脳を宿している──神の頭脳を持つ者は、羊やオオカミなぞが考えもつかぬ機械や武器が作れるのだよ……。実はというとね、羊たちが持っている大砲や銃は、本来我らキメラ族が作った物なのだ」

――――つづく

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