漁師たちの住む集落が、日を追うごとに静かになっていった。
漁師たちが海へ出る回数が減り、その代わりに他の港や島から人や船が静かに集まり始めていた。
港町の人々も、不穏な空気には気がついていて、ヒソヒソ声で、いよいよ戦がはじまるよ、とか話し合っていた。
フレムと長老によれば、町の人々は必ずしもギルドには協力的ではない、という。
町の商人達はヴァイーラの商社を相手に商売をしている者も多く、そのような人々は港町から逃げる準備を始めているらしい。
フレムと長老は今夜も、ギルドの会合に出かけていったので、僕は一人で長老の家で二人の帰りを待っていた。
長老が用意してくれた夕食を食べ終えた僕は、ジョーにエサをやりに外へ出た。
夏も終わりかけた静かな夜で、空には大きな月が出ていた。
僕はジョーが好きな電気の実をあげながら、敵に捕えられてしまったレーチェルの事を考えていた。
「なあ、ジョー、なんだか大変な事になってしまったね。早くレーチェルを助けてあげないと」
とジョーに言うと、ジョーはいつものように僕の目をジッと見て、鼻をブルルッと鳴らした。
僕はポケットからセラミックナイフを取り出して、それを見た。
セラミックナイフは月明かりの中で、電気蛍のようにキラキラと光り輝いた。
「本当に、これが皆が言っている『光の剣』なんだろうか?もしそうならば、どうしてお父さんがこれを持っていたのだろう?」
独り言のように言う僕の事をジョーは、何か言いたそうな顔でジッと見つめていた。
すると、
「エレン!来てくれぬかね?」
と僕を呼ぶ声がした。
声の方を見ると、垣根の外にフレムがいた。
「エレン、お前の協力が必要なのじゃ。『光の剣』を持ってワシと一緒にギルドの会合に来て欲しい。皆、なかなかワシの話を信用せぬのでな」
僕は最後の電気の実をジョーにあげ、フレムの後をついていった。
僕とフレムは、集落の中にある迷路のような路地裏を歩いていき、一見酒場のように見える建物の前でとまった。そこが、どうやらギルドの集会所のようだった。
とても古そうな木でできた扉を開けて中へ入ると、屈強そうな海の男達が大声をあげながら議論を戦わせている最中だった。
男達は僕とフレムを見ると静まり返った。
一人の男が言った。
「フレム様、その子供が『光の剣士』なのかね?」
「そうじゃ。信じられぬかもしれぬが、この子が、言い伝えの『光の剣士』だとワシは思っておる」
フレムがそのように言うと、集会所は再びザワザワとしだした。
「フレム様、しかし、これ以上攻撃を遅らせれば、相手は先に攻撃をしてくるでしょう。
そうすると、こちらに大きな被害が出てしまいます。なぜ、あなた様は、先制攻撃の機を逃してまでして、相手の要求通りに会おうとなさるのですか?」
そう詰め寄られたフレムは皆の事を見渡し、静かに語り出した。
「この子の妹、レーチェルが敵に捕まったのじゃ。ワシはなんとしてでも、レーチェルを助け出したい。というのは、今回の戦の勝敗はそのレーチェルがカギを握っていると思うからじゃ。
ワシらがレーチェルを助け出すまでは、攻撃を待ってくれぬかね?」
フレムは僕の方を振り向き、言った。
「エレン、『光の剣』を皆に見せてあげてほしい。『光の剣』が侵略者を打ち砕く、と皆は信じておるのじゃよ」
僕はポケットからナイフを取り出した。
薄暗い部屋の中で、僕のナイフは青白く光り輝きだした。
光り輝くナイフを見て、男達は再び静まり返った。中には「おー」と驚きの声をあげる者もいた。
集会所の隅に座っていた長老が立ち上がり、皆の事を見渡しながら言った。
「ここは、フレム様の言うこと信じ、先制攻撃を見合わせようではないか。
フレム様は明日、相手が指定してきた場所でヴァイーラと会うという。我らはフレム様が戻るまでは、待つ事としよう」
長老が最後の宣言をしたので、ギルドの会合は閉会をした。
僕とフレムは集会所を出て、夜道を歩き出した。
港町の方を見ると、馬車が町の外へと出るのが見えた。
きっと、戦が始まる事を恐れて、逃げている人々がいるのだろう。
何か考え事をしているように見えるフレムに僕は聞いてみた。
「ねえ、フレム、明日はそのゾーラという魔術師と会うんだろう?どうしてゾーラはフレムの事を裏切ってヴァイーラについたんだろうか?」
フレムは、ひとつ大きなため息をつきながら答えた。
「エレン、魔術師になるには試練が必要なのじゃよ。その試練のひとつに『闇』を見つめる事がある。『闇』をくぐり抜ける事で、ようやく一人前の魔術師となる事ができるのじゃ。・・・・しかし恐らくゾーラは、あまりに長く『闇』を見続けてしまった。ゾーラは『闇』に取り込まれてしまったのじゃよ」
僕らが長老の家につくと、ジョーが繋がれた木のあたりでフレムが立ち止まった。
「フレム、どうしたんだい?」
僕はフレムが見つめている先を見ると、木の幹に文字のようなものが刻まれていた。
さっきはなかった。いったい誰が?
「これは『いにしえの言葉』じゃな。ワシらへの警告のようじゃ」
「警告?誰からの?なんて書かれているんだい?」
フレムは木に刻まれた文字を触りながら言った。
「『ヴァイーラの言う事を信じてはいけない』と書かれておる。誰が書いたのかは分からぬ」
僕はあたりを見渡したけど、そこには僕らと馬のジョーしかいなかった。
月光が照らし出す草むらからリーリーリー、と秋の虫の声が聞こえるだけで、人の気配はなかった。
「フレム、明日会うヴァイーラ伯爵とはどんな男なんだい?」
フレムは目を細めながら、答えた。
「ワシは彼の父、ヴァイーラ1世と対決した時の事を今でもよく覚えている。
ワシは魔術でヴァイーラ1世を石に変えたのじゃが、石になる前にヴァイーラ1世は目を赤く光らせながらワシに向かって青い炎を吐いた。・・・・・エレン、ヴァイーラは人間ではなかったよ。あれは何か別のモノじゃ。恐らくは彼の息子、ヴァイーラ伯爵も人間ではないだろう。もちろん警告されるまでもなく、ワシはヴァイーラの言う事は信用しておらぬよ・・・・」
――――続く
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