オオカミになった羊(後編47)by クレーン謙

呼びかけるソールの方を振り向いたアリエスの顔からは、すっかりと生気といったものが抜け落ちていました。
アリエスは力なく微笑み、そして口を開き、ソールに向かって何かを言いますが、殆ど聞き取る事が出来ません。
ソールはアリエスに向かって叫びます。

「アリエス、そっちに行っちゃだめ! その先は黄泉の国なのよ! 行ったら、もう戻ってこれないわ!」

洞窟の中は薄暗くてよく見えなかったのですが、ソールが目を凝らしてみると周囲には、多くの羊やオオカミがおり、引きつけられるように奥に向かっていました──きっと、それらの亡者達は戦で死んだ羊やオオカミなのでしょう。
戦で死んだ亡者達にはもはや敵味方の区別はなく、ただ共に死の国へと向かって歩んでいるようです。
まだ若い羊兵が、石につまづき倒れこみましたが、側でそれを見ていたオオカミの兵士が手を差し伸べ助け起こし、二匹は手を取り合い再び黄泉の国への歩みを始めました。
もしかしたら二匹は戦場で殺しあった仲なのかもしれませんが、ここでは共に黄泉の国へと旅をする同志なのでしょう。
言葉なく黙々と行進する亡者の流れに逆らう事なくアリエスは歩いていましたが、ようやく聞き取れる声でソールに言います。

「ソール。私は大罪を犯し、歳もとり、それでもようやく天命を果たした。私はもう満足なの。十分に生きたわ。あなたは生者の国へと帰り、そして天から与えられた使命を全うしなさい。羊とオオカミが結ばれ、そして新しき世界を創出する。それがあなたがたの使命なのよ……」

ソールはそれを聞き、アリエスが死んだのを悟り涙を流し始めました。

「アリエス、死んじゃイヤ! 私達にはあなたが必要なの! お願いだから戻ってきて! 」

そう叫ぶソールに穏やかな笑みを返し、アリエスは洞窟の奥へ顔を向け亡者の行進に身を任せます。
それでも諦めずにソールは叫び続けます。その時、ソールの真後ろから不意に声がしました。

「……あなたは、新しき《巫女》として選ばれたのよ、ソール」

声がする方を振り向くと、そこには羊ともオオカミとも違う者が光り輝きながら立っていました。
手足が羊やオオカミよりも幾分長い、その声の主は頭から黒くて長い毛を揺らせています。

「あなたは誰 ?」

「私の名はエリ。または《天使》とも呼ばれているわ。ここは黄泉の国の入り口。本来死者しか来れない所へ、生きているあなたが来た、という事はあなたは巫女として選ばれたんだわ。巫女は死せる者と対話ができるのよ。つまり、あなたは《天使》である私とも話ができるのよ」

アリエスの姿は、すっかりと亡者の波に飲み込まれてしまいました。涙を拭いながらソールは《天使》を見つめます。

「《巫女》として私が選ばれたの?どうして私が?」

「あなたには元々巫女の素質があったのでしょう。だからアリエスはここへあなたを呼び寄せたんだわ、巫女の使命を引き継がせる為に。私はあなた達を守るためにここに来ました。……あなた方の敵は、この世界の創造者であるレイ。創造者レイはオオカミ族を滅ぼそうとしています。それだけではなく、あなたとアセナが結ばれるのを阻止しようとしているわ」

「……創造者が私とアセナを殺そうとしているの?! 信じられないわ! どうして愛し合っている私達が一緒に居るのが許せないの? 創造者って神様でしょう? 神様がそんなに心が狭いお方だなんて! 」

「創造者レイは羊だけの楽園を作ろうとしています。でも、それだけでは羊はいつかは滅びてしまうでしょう。羊は平和主義だけど、過酷な自然で生きる為の闘争心と知恵に欠如しています。かつて私は《いにしえの言葉》を羊に授け、それで羊族の一部はオオカミへと姿が変わったのよ。どう猛な野獣などの天敵から自分達の仲間を守る為に。でも、創造者レイはそれが気に入らなかった。レイは、あなたもよく知っているヘルメスや、メリナ王国国王を操って戦争を引き起こしました。オオカミ族を滅ぼし、あなたとアセナが結ばれるのを阻止する為に」

ソールは天使が語る言葉を一語一句漏らさず聞いていましたが、その中に聞いた事もない言葉を耳にします。

「《いにしえの言葉》ってなに? 」

「《いにしえの言葉》はあなた方の世界を形作っている言葉よ。大昔、オオカミ族が羊だった頃、羊村を守る為に志願した羊達に、私は《いにしえの言葉》の中でも最強の力を持つ《いにしえの子守唄》を授けました。羊達は《いにしえの子守唄》を歌い、自らをオオカミの姿へと変えたのです──それが今のオオカミ族の先祖なの。オオカミ族は元を辿れば、羊でした。何世代も経つうちに、オオカミ族はすっかりとその事を忘れてしまい、羊と争うようになったけど、今再び両種族は一緒になる時が来たのです。……さあ、ソール、新しき巫女よ。《いにしえの子守唄》をあなたにも授けます。これを歌えば、あなたは好きなように自らの姿を変えられるわ。いつかは役にたつ時が来るので、覚えておいてね……」

天使エリは目をつぶり、澄んだ声で《いにしえの子守唄》を歌い始めました。
その歌はソールが今まで聴いた事もないような美しい歌でした。

星に願いをかけるとき
君が誰だろうと 関係ないのさ
心に願うことは なんでも叶うという

君が心から夢見ているなら
きっとそれは叶えられるだろう
夢見る人がするように 星に願いをかけてみよう

運命の女神は優しいから
愛ある人に届けてくれる
その人たちの秘密の願いを 叶えてくれるだろう

突然に光る稲妻のように
女神はやって来て 君を導いてくれる
星に願いをかけるとき 君の夢は叶うだろう

――――つづく

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