オオカミになった羊(後編35)by クレーン謙

エリがドローンに乗り帰ったあと、私は『コモリ・サイバー探偵事務所』と書かれたドアを開き中へ入り、椅子に腰掛け、頭の中の整理に努めた。
私は机の引き出しを開き、今では御法度になっているタバコを取り出し、ライターで火を付けた。
御法度になっているとはいえ、裏のルートで比較的簡単にタバコは手に入るし、重い罰則が科される訳でもなく、また警察もタバコの喫煙ぐらいは大目に見ているのだ。
私は煙を深く吸い込み、そして吐き出しながら考えた。
──仕事柄数多くのAIを見ている私は、ヤマガタ博士の助手であるアンドロイドのエリは、あまりにも人間的すぎる、と感じていた。
そう、あの気配は、どこか生身の人間を感じさせるのだ。
しかも、エリには『兄』が居るのだと言う。アンドロイドに兄弟が居る、というのはどういう訳だろうか ? 同じ時期に製造された、似たタイプのアンドロイドの事なのだろうか?
そして、最大の謎は、あんな優秀だった探偵のコバヤシが、サイバー空間に入り調査中に殺された事だ。そんな死に方なんか、本当にあり得るのだろうか? 脳をサイバー空間とシンクロさせる事による事故、というのはあるだろうが、殺されたというのは本当だろうか?

考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
私は探偵としてのカンから、ヤマガタ博士の言う《敵》が今回のエリの個人的な依頼と何かしら関係がある気がしていた(しかしエリはアンドロイドだから、『個人的』と言うのは当てはまらないかもしれない。そもそも、アンドロイドが人間に何か頼みごとをしてくるのが、前代未聞だ)。

考えた結果、私はまずはエリの正体を突き止める事にした。
私は机に置かれた端末を起動させ、脳をサイバー空間とシンクロさせる為の準備を始めた。
そして呼吸を整え、精神を集中させた──脳に入ってくる膨大な情報量に対処するには、訓練と長年の経験が必要なのだ。危険を伴う為、サイバー探偵業のなり手はなかなか居ない。
国の諜報機関には、脳をサイバー空間とシンクロできる者はいるが、そんなに多い訳ではない。
つまり、それだけ過酷な仕事なのである。

精神統一が済んだ私は、うなじのジャックにシールドを差し込み、目をつむる。
すると、たちまちの内に洪水のように私の脳へサイバー空間から情報の波が押し寄せてきた。
私は波に飲み込まれぬよう用心しながら、必要な情報にたどり着く事のみ考え、波の中に意識を漂わせる。
大概の人間はここの段階で、波に飲み込まれ精神錯乱へと陥るのだ。
私は用心深く、脳のシナプスとサイバー空間の電気信号を同期させ、必要な情報の検索を開始する。

まずは人型アンドロイドの事を知らねばならない──私がそのように考えると、0.5秒も待たずに人型アンドロイドに関するありとあらゆる情報のダウンロードが開始された。
──情報によれば、人型アンドロイドが世に出始めたのは20年前。2060年だ。
あるベンチャー起業が、人型アンドロイドの開発に乗り出したのがきっかけで、今ままでに五万体程の人型アンドロイドが製造されている。

当初は高度な計算などを行う為のアシスト役としてアンドロイドは開発されたのだが、あまりにも人間にそっくりに作られた為、やがては人型アンドロイドは人間相手の娼婦として売り買いされるようになった。
人型アンドロイドが《天使》と呼ばれるようになったのは、このような経緯がある。
《天使》には女性型もいるし、勿論男性型もいる。
しかしヤマガタ博士がエリを買ったのは、純粋に研究をサポートしてもらう為であろう。

次に私はヤマガタ博士が、エリを購入した時の記録の検索を開始した。
個人情報である為、購買者の記録にはセキュリティーが幾重にも掛かっていたが、これぐらいのプロテクトであれば、サイバー探偵であれば実に容易く破れる。
プロテクトを解除して、購入記録を見てみると、ヤマガタ博士がエリを買ったのは十年前だった。
エリはそれまでは娼婦として別の男の所に居たようだった。
つまり、エリは中古のアンドロイドだったのだ。
私はエリは最新バージョンのアンドロイドだと思っていたので、これは意外だった。
購入記録から、エリの製造番号が分かったので、エリを作った工場と製造年月日を特定する為の検索をする。

その検索結果によれば、エリが製造されたのは2059年4月9日、作ったのは──例のベンチャー企業だ。
驚いた事に、人型アンドロイドが世に出回る、前の年だ!
すると、エリは人型アンドロイドのプロトタイプとして製造された、という事なのだろうか?
ダウンロードされた、ベンチャー企業の経歴を見ていて、私はハッとした。
──そのベンチャー企業の創業者の名は『レイ』という男なのだ。
彼の苗字も判明したので、次に私はその男『レイ』の検索をしてみた。しばらく検索をしてみたのだが、不思議とこの男に関する情報がサイバー空間にほとんど残っていなかった。私は瞬時に察知した──誰かが意図的に『レイ』に関する情報を消し去ったのだ。

しかし私はこのベンチャー企業であれば、多少の事は知っている。
おそらくは創業者のレイの思想だと思われるのだが、このAIベンチャー企業は心を持ったロボットを開発しようとしていたのだ。技術的には機械に心を持たせるのは、まだ不可能であったが、結果として見かけだけは人間そっくりのアンドロイドの開発には成功したのだ。
ここの技術者に会った事があるが、どこか狂気じみていたのを私は思い出す。
『我らは最新技術を用いて、新たな神を造ろうとしているのだよ』とその技術者は語っていた。
しかし、同企業は創業者レイが2061年に亡くなると同時に、倒産をする。

残った技術者達は、その設計思想を元にして新興宗教団体を設立する。
宗教団体の名は『聖なる羊達』。彼らは『我らの救世主はAIに降臨した』と人々に説き、近年信者を増やしっつあるのだ。
科学技術の発展と共に、人類は信仰心を無くしていったのだが、その代わりに人々は科学技術の中に神を見出そうとしていたのだった。

レイの死去届けの中に、彼の家族構成が記載されていたので、それを見て私は再び驚いた。
その記録によれば、レイには肉親が一人居たのだ──『エリ』という名の妹が。
そして、記録が間違っていなければエリは2033年に白血病の為、19歳の若さで死去している。

――――つづく

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