名古屋より西の地域では鶏肉のことを「かしわ」と言う。上方漫才師の「夢路いとし・喜味こいし」さんの漫才で、かしわって何の肉かという漫才があった。ウシの肉は牛肉だし、ブタの肉は豚肉なのに、ニワトリの肉はかしわと呼ぶことに納得がいかないこいしさんに、いとしさんが「生きているときはニワトリ、死んだら戒名がかしわ」と答えていた。生きている間の呼び方と死んで食肉になった時の呼び方が違う生き物は他にもいる。
生物の表記には漢字が使われることも多いが、これまでこのエッセイでは生物として取り扱う場面ではその名称をカタカナで表記してきた。今回のテーマであるウニには「海栗」、「海胆」、「雲丹」などの表記がされている。「海栗」は海に生息するトゲトゲした栗のような生き物という意味で「ウニ」に近い。「海胆」は食べられる部分が胆(きも)のような形状をしているからとされており、辞書的には生物としての「ウニ」を表しているが、どちらかと言えば製品に近い表記である。一方、「雲丹」は食べられる部分を取り出して、製品にした状態のものを表すらしい。つまりウニの戒名は雲丹である。
我々が食べている雲丹はウニの生殖巣である。1個体につき5個の雲丹が取れ、刺身盛り合わせに雲丹が10個あったとすれば、それは2個体分である。体外受精を行う多くの生物には産卵期があり、ある条件が整うと一斉に産卵放精して子孫を残す。ウニにも産卵期があり、効率よく雲丹を生産するためには産卵期前の生殖巣が大きくなった頃にウニを漁獲するのが効率が良い。ところが、産卵直前になると取り出した生殖巣の組織が破れて卵が溶け出してしまう。そのため、ミョウバンを使うことで身崩れを防ぐのである。
ミョウバンは硫酸アルミニウムカリウムという物質で、細胞膜と結合して形を保つ役割を持っており、食品添加物としても認可されているので通常の使用量では人体に害がないとされている。ただ、苦みがあり一般的にミョウバンを使った雲丹は美味しくないと言われている。しかし、産卵直前の身崩れしやすい雲丹はそもそもあまり美味しくない。その美味しくない雲丹に更にミョウバンを多く使うことで余計に美味しくない雲丹に仕上がってしまうのである。
ウニの生殖巣は生殖細胞を生成するのと同時に栄養を蓄える器官でもある。美味しい雲丹は栄養を蓄えている期間に漁獲されたウニで、身崩れも少ない。つまり、ミョウバンを使わないか、あるいはほとんど使わなくてもすむ。このような雲丹は元々美味しいし、雑味であるミョウバンも少ない、あるいは使わないので本来の旨さが引き立つ。この栄養を蓄えている期間はウニの種類によっても違うし、獲れる海域によっても違うので素人が目利きするのは難しい。つまり、「豊洲市場で高い雲丹を買えばほぼ間違いない」と断言しようと思ったが、最近は外国人観光客が多数訪れていることから、旅人価格で割高になっている可能性もある。美味しい雲丹を食べるハードルは一層高くなってきているのかもしれない。
先ほども紹介したように、ウニは一斉に産卵放精を行い水中で受精する。2日ほどで孵化して1ヶ月ほど水中を漂う浮遊幼生として生活する。この浮遊幼生の形がソビエトの人工衛星スプートニクに似ているので私のお気に入りである。水中を漂うウニの幼生が地球を周回する人工衛星に似ており、小さなプランクトンにとっては水中が宇宙のように思えるほど広大に感じているのだろうと想像する。その一方で、我々も誰かに顕微鏡で覗かれているかもしれないと妄想してしまうのである。
さて、浮遊期を終えたウニは岩場などに着底し、底生生活を送るようになる。ウニは何でも食べるため海藻の芽まで食べてしまい、餌の少ないところでは海藻が生えない磯焼けの原因とされている。ウニは1年程度餌を食べなくても生きていられるそうで、なかなか数が減らないし、生殖巣のやせた商品価値が低いウニばかりになり漁獲されないため磯焼けを長引かせることになってしまう。
近年では廃棄されるキャベツを痩せたウニに与えたら、実入りが良くなり商品として出せるくらいの生殖巣に肥大した。商品価値がない者同士を組み合わせて商品価値を生み出す素晴らしい試みだが、餌となるキャベツが安定して供給されるかが課題であり、大規模な養殖が広がっていないのではないかと推測する。とはいえ、ウニのキャベツ給餌養殖は価値のないものに価値を与え、更には雲丹という戒名も与える僧侶のような存在なのかもしれない。
(by ぐっちー)
※このエッセイ「妄想生き物紀行」第95回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第95回「ウニ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第95回「ウニ〜雲丹とキャベツとミョウバンとスプートニクと」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
幼少のみぎりはスプートニク
痩せてもキャベツ大僧正の導きで雲丹大居士に
ドラマが多すぎてびっくりします。ウニは好きですが当然、しょっちゅう食べるというものでもなし、食べるたびに何だか味が違う気がしていたのですが、理由がわかりました。美味しいウニを食べるのがそんなに難しいことだったとは。
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