毛皮を着替えて帰ってくる猫と、虹の橋のたもとで待っている猫

ペットロスに時間薬はどう効いたのか?

もう2か月すぎてしまったが、8月28日はムギの命日だった。8月30日はムギの葬儀の日だった。1年経ってもこの二日のことはまったく鮮明に覚えている。今起こっていることのようにたどることができる。

時間薬という言葉がある。ペットロスを癒す方法なんてなく、ただ時間だけが少しずつ悲しみを癒してくれるというのだ。
そのとおりだろう。1年経って悲しみは薄れた。なくなりはしないが、えぐるような鋭利なものから、しんしんと伝わってくる気配のようなものに変わった。
それは単に記憶が遠くなったのではないと思う。先に書いたように記憶は鮮明なのだ。
ではなぜ傷は癒えてきたのか。ぼくの心にはどんな変化が生じたのか。
少しはわかるような気がしたから8月末このブログに書こうとしたが、書けなかった。何度か書きかけてはやめた。わかるようでいて、あいまいだった。
2ヶ月経って、また書いてみようと思った。書くというのは書きながら考えることでもある。

ムギがそばにいたころ、ぼくはムギとよく会話を交わしていた。実際はムギは「にゃー」としか言わないから、自問自答、あるいは妻が相手をしてくれるかである。
その手の会話ができるのはムギというキャラクターがぼくの中にいるからだ。妻の中にもいる。ぼくの中のムギと妻の中のムギは同じではないが共通点も多い。
ぼくらは現実のムギと自分の中のムギキャラがイコールでないのは知っている。
ムギキャラは「ムギはこう考えて(感じて)いるだろう」という想像と、「ムギがこう考えていたら面白いなあ」という願望でできている。だから半分擬人化されている。
ムギキャラは現実のムギではないが、現実のムギを源泉としてはいる。
現実のムギが行ってしまってから一年間ぼくがしていたのは、源泉が絶えてしまってもムギキャラを存続させるための心の仕事だったように思う。

実体とキャラが二重写しのようにある。それはじつは人間でも同じではないか。ぼくらは家族や友人を知っているつもりでいる。親しい者は目の前にいなくても思い浮かべることができるし、こう言ったらあの人ならこう答えるだろう、と想像することもできる。ぼくらの中にその人のキャラクターが住んでいるのだ。
その人の実体とその人のキャラクターは似ているが同じではない。「Aさんはこういう人だ」と思い込んでいたのに、まるで異なる反応に合ってびっくりすることもたまにある。
長く会っていない相手だと実体とキャラの関係は微妙だ。たとえば学生時代の友人など。毎日会っていたころのイメージは鮮烈だが、今はすっかり変わっているかもしれない。ぼくの中にありありとある「あいつのキャラ」は、今この世界にいるのだろうかいないのだろうか。

小説や映画には架空のキャラクターが多数登場し、これらには源泉となる実在ははじめから存在しない。モデルがいたとしても読者にとっては会ったこともない人だ。それでも見事に描かれたキャラクターは活き活きとして、ときに実在同様の存在感を放っている。

実体とキャラは切り離せるのではないか。

ぼくはお話を作る人であるので、こんなことを考えるのかもしれない。
しかし大きな悲しみと出会ったとき、多くの人の中で似たようなことが起こるのではないだろうか。
からだの傷がからだ自身が持つ回復力で癒されるように、心の傷に対しても人間は自然の回復力を持っている。それは「物語の力」と呼んでもいいものだ。現実の一部を物語という「もう一つの現実」で補完しようとする。

虹の端 湯川れい子 半井馨

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虹の橋の話は有名だからご存知の方が多いだろう。先立った猫や犬は、天国の手前、虹の橋のたもとで自由に楽しく暮らしながら愛する人を待っていてくれる。
大切な猫が「毛皮を着替えて帰ってきた」という人もいる。新しい猫と暮らし始めるが、それは姿こそ違うものの、大事なあの猫が戻ってきたと考えるのだ。
そう考えることによって心が救われる。生まれ変わりが事実かどうかは問題でなく、その人が信じていることが大切なのだ。

人は自分が作った物語の中で生きているし、その物語は現実と願望の寄せ木細工のようにできている。

ムギが行ってしまったあとも長いこと、ムギが残していったカリカリを毎朝お皿に出していた。カリカリがなくなったあとは水をずっと出している。もうやめてもいいと思いながら続けている。
まあ、ムギにはこれからも守護霊として妻とぼくを見守ってもらうつもりだから、水くらい出してもいいだろう。
ぼくの中のムギは、存命中とは少しキャラが変わってきて、より人間っぽくなっている。温泉旅行が趣味なのだ。各地の温泉に行っては当地の名物まんじゅうを食べ歩く。ムギからその話を聞くのが最近のぼくの楽しみである。

猫のムギ22歳の誕生日。友達大集合。

ムギの誕生日6月21日。うち中の小さな人たちがムギのまわりに集まってきた。

「人は物語の中に住める。素晴らしいことで、恐ろしいことで、ふつうのことだ」

(by 風木一人)

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