「JR福知山線脱線事故からのあゆみ」という副題が、最も簡潔にこの本の内容を説明している。
事故を起こした列車に乗り合わせ、重傷を負った小椋聡さんとその妻小椋朋子さんの共著である。事故後、ふたりは事故被害者(負傷者と遺族の両方)のネットワークを作り、死亡者の最後の乗車位置を探し出し、遺族に伝えるという困難な事業に取り組んだ。
聡さんは、運輸安全委員会の検証チームのメンバーにもなっている。それらの取り組み、その過程での様々な経験をふたりの著者が交互に書き綴ったのが本書である。
夫妻は共に音楽大学の出身。ふたり一緒に民間動物保護施設で勤務、その後自分たちでNPOを立ち上げた。
経済的な理由でNPOを辞めた後、聡さんは情報誌の編集などをしていた経験を生かして、展覧会の企画や美術書の編集をする会社に就職。30歳代で地元の自治会長を務めるなど、地域活動でも活躍した。朋子さんは、大学卒業後、様々な仕事をしながら、一貫して教会でパイプオルガン奏者としての活動を続けていた。
あまり物事を単純化するのも如何なものかとは思うが、思い切って単純にまとめれば、聡さんは社会派で実務型、朋子さんは芸術家で情緒派である。
事故後は聡さんが中心となって被害者ネットワークを作り上げ、JRや役所と交渉し、活動を進めた。その間、朋子さんは(もちろん実務にも携わりながらであるが)聡さんや他の被害者の心に寄り添った。
その二人がそれぞれの視点から書くことによって、本書は読者に彼らの体験を「立体的」に見せることに成功している。誰もが知るあの大事故に関連して実際に何が起こったか、誰が何をしたか、その人たちの立場などを分かりやすくかつ極力公平に記述すると同時に、当事者たちが何をどのように感じたのか、その生々しい感情を(何分の一、いや何十分の一ではあろうが)読者に追体験させるというのは、プロの作家でも難しい仕事だろう。
本書には、所々に二人の詩が挿入されている。これがまた面白い。聡さんの詩は、自分の感情を表現するというより、描写しているように見える。妙な言い方かもしれないが、改行を減らして句読点を加えれば、すばらしいエッセイになると思う。
一方の朋子さんの詩は、繊細にかつ生々しく感情を表現している。プロの詩人の作品と言われても納得する。
ふたりの書き手によって書かれた「ふたつの鼓動」は、ふたりの視点から事実と感情という事件のふたつの側面を見事に描き出している。事故の貴重な記録を残すと同時に、読み手の心を打つという、ふたつのことを見事に成し遂げている。
ちなみに私はこの本を新聞の記事で見つけた。記事のurlは、以下の通り。
https://mainichi.jp/articles/20181016/ddf/041/040/015000c
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