電車 居眠り 夢うつつ 第52回「未来の歴史」

テレビの歴史番組が、割に好きだ。別に見るつもりがなくても、テレビをつけて、歴史番組をやっていると、思わず見てしまう。自分がある程度知っている歴史上の出来事や人物について、意外な事実が語られるのを聞くのが楽しいし、また、語っている専門家がいかにも楽しそうだと、その楽しさがこちらにも伝わってくる。「武士の家計簿」で有名な磯田道史さんなどがその代表格だろう。
歴史の面白さの一つは、プロと素人の間の垣根が低いということだろう。プロの歴史学者の最先端の研究の話が素人にもわかるから、そのワクワク感も伝わってくる。これが数学だと、何が面白いのか、素人には全くわからない。

私の理解では、歴史学者の仕事の重要な部分は、資料の発掘と解読のようだ。様々な公文書、手紙、日記から家計簿まで、残っている文書を見つけ出し、解読する。「武士の家計簿」の前書きには、著者が、神田の古本屋である武士の家の家計簿を発見した時の興奮が、生き生きと書かれている。紙に書かれた文書は、日にも水にも弱いだろうから、昔の文書が良い状態で見つかるというのは、大変幸運なことなのだろう。

さて、将来はどうなるのだろうか。22世紀の歴史学者が21世紀の歴史を研究しようとすれば、電子化された文書の発掘、解読が必須になるだろう。ワープロや電子メール、SNSを使って、誰もが簡単に文書を書き、人に送ることができる現代だ。現代の歴史学者にとって、古い手書きの文書を解読するのが重要な技術であるように、未来の歴史学者にとっては、様々なフォーマットの電子文書を復元、解読する技術が重要になるだろう。

気になるのは、現代生み出されている電子情報のうち、どれくらいを将来他人が読むことができるのか、ということだ。最近、人が亡くなると、パスワードが分からなくてその人のパソコンやメールサーバーが開けない、という話を時々耳にする。紙に書かれた文字であれば、たとえ金庫に入っていても、こじ開けて読むことはできるかもしれない。だが、厳重にセキュリティー管理されたサーバーの中身を、他人が読むというのは、不可能なのではないだろうか。サーバー管理者なら、中身を閲覧することもできるかもしれないが、たとえばGoogleが、Gメールの中身を、本人の許可なしに公開するということは、考えられないだろう。

将来のことを考えると、たとえば、本人の最終アクセスから100年経ったら公開できるとか、何かの取り決めをしておくべきではないだろうか。さもないと、後々21世紀の歴史を研究することができなくなってしまうのではないだろうか。素人ながら、心配になってくる。

(by みやち)

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