なにわぶし論語論第62回「必ずや名を正さんか」

子路(しろ)曰く、衛(えい)君、子を待ちて政を為さば、子、将(まさ)に奚(いずく)をか先にせんとする、と。子曰く、必ずや名を正さんか、と。子路曰く、是れ有るかな、子の迂(う)なるや。奚(いずく)んぞ其(そ)れ正さん、と。子曰く、野(や)なるかな、由や。君子は其の知らざる所に於いては、蓋(けだ)し闕如(けつじょ)たり。名正しからざれば、則(すなわ)ち言(げん)順ならず。言順ならざれば、則ち事成らず。事成らざれば、則ち礼楽興らず。礼楽興らざれば、則ち刑罰中らず。刑罰中らざれば、則ち民手足を錯(お)く所無し。故に君子 之を名づくれば、必ず言う可し。之を言えば、必ず行う可し。君子は其の言に於いて、苟(いやしく)もする所無きのみ、と。(子路三)

――――子路が孔子に尋ねた。「衛の国王がもし先生を(執政として)国に迎えて政治を行ったとしたら、先生は何をまず行われますか。」 孔子は答えて言った。「もちろん、名を正す。」 子路は言った。「それでございますよ、先生が回りくどいと申すのは。何故にそのようなものを正すのでございますか。」 先生は言った。「がさつじゃのう、由は。君子というものは、自分の知らない事柄については、慎み深くあるものだぞ。名が正しくなければ、言葉が理にかなった順当なものでなくなる。(政治家の)言葉が順当でなければ、政策も行き詰まる。政策が行き詰まれば、道徳もすたれる。道徳がすたれれば、刑罰が当を得なくなる。刑罰が当を得なくなれば、人民は安心して暮らせない。正しく名付ければ、政治家はきっと正しい発言ができるし、正しい発言をすれば、きっと(政策を)実行できる。君子は自分の言葉について、おろそかにはしないものだよ。」――――

子路に「もし衛国で国政を任されたらまず何をしますか」と問われ、孔子は「名を正す」と答えた。たしかに、物の名前、名目と中身が一致しているというのは大切なことだ。現代でも、公式な発言や文書で、名目と中身が一致していないで問題になった例は、うんざりするほど多い。ここではいちいち書かないが、皆さんも3つや4つはすぐに思い浮かぶのではないだろうか。

言葉を「現実に合わせて」(あるいは都合よく)読み替えたり言い換えたりというのは、二千年変わらぬ人間の習性らしい。これは言語を持つ動物の宿命なのだろうか。

さて、孔子の返事を子路は「回りくどい」と評した。実は、子路には、悠長なことを言っていられない事情があったのである。

当時子路は衛国の重臣に仕えていた。その衛の国王霊公(れいこう)の子蒯聵(かいかい)が霊公の妃南子(悪女として有名。第29回参照)を追い出そうとしたが失敗し、国外へ逃亡。霊公の死後、蒯聵の子が即位したが、蒯聵が戻ってきて内戦状態になっていた。その混乱の中で、子路は官僚として、誰を助けて誰と戦うべきか、主人に助言しなければならない立場だったのだ。孔子がそういう事情を知らなかったとは考えにくい。事情を分かった上で、「混乱した時は、根本に戻って考えなさい」と教えたかったのだろう。

さて、筆者はこのコラムを書くにあたって、講談社学術文庫版の訳を基礎として、適宜他の文献も参照しているが、最近ネット上で渋沢栄一の論語解説を発見した。https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/jikkenrongo/index.html

渋沢栄一の「実験論語処世談」という本を、渋沢栄一記念財団がデジタル版として編集、公開しているものである。なかなか面白いし、索引も充実している。論語に興味のある方にはおすすめである。

(by みやち)

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