なにわぶし論語論 第74回「君子は憎む」

子貢曰く、君子も亦(また)悪(にく)むこと有るか、と。子曰く、悪むこと有り。人の悪を称するものを悪む。下流に居りて、上を訕(そし)る者を悪む。勇にして礼無き者を悪む。果敢にして窒(ふさ)がる者を悪む、と。賜(し)や、亦悪むこと有り。徼(もと)めて以って知と為す者を悪む。不遜にして以って勇と為す者を悪む。訐(あば)きて以って直と為す者を悪む。
(陽貨 二十一)

――――子貢が尋ねた。「君子も(俗人と同じように)憎むことがありますか。」
先生は答えた。「憎むことはある。人の悪口をいう者を憎む。部下でありながら、上司の陰口を言う者を憎む。勇猛なばかりで礼儀知らずの者を憎む。果敢なばかりですぐに行き詰まってしまう者を憎む。賜(子貢の名)や、ほかにもあるぞ。他人の意見をかすめ取って自分の独創とする奴を憎む。不遜なのを勇敢と勘違いしている奴を憎む。他人の秘密を暴露して正直な行為と思っている奴を憎む。」――――

想像だが、子貢は、自分が誰かを憎んでしまって、「ああ、人を憎むようでは君子失格だ」と思い悩んでいたのではないだろうか。そこでおずおずと孔子に質問した。おそらく内心では、先生から「賜や、君子だって人間だ。たまには憎むこともあるのだ。悩むんじゃないよ」と、優しく慰めてもらえるかと期待していたのではないだろうか。
ところが、返ってきたのは怒涛のような義憤の、不正義に対する憎しみの言葉の数々だった。これには子貢も、あっけにとられて目を白黒させるしかなかっただろう。

考えてみれば、これは最高の慰め方だったろう。師がこれだけ激しく怒り憎んでいる様子を目の前で見せられたら、「人を憎んでしまう僕はダメだ・・・」などと言う小さな悩みなど、吹き飛んでしまうだろう。
だが、孔子が子貢を慰めるためにこんなことを言ったとは思わない。孔子の道徳の基本は、人間の感情である。家族に対する愛情、弱者に対する哀れみなど、人間が持っている自然な感情を敷衍したものが、彼の道徳思想だ。様々な悪に対する憎しみも、孔子の思想の基本だったろうと思われる。

ちなみに、この章の続きではないかと思われる言葉が、少し前の章にある。

子曰く、紫の朱を奪うを悪む。鄭声の雅楽を乱るを悪む。利口の邦家を覆す者を悪む、と。子曰く、予言う無からんと欲す、と。子貢曰く、子、如し言わざれば、則ち少子、何をか述べん、と。子曰く、天何をか言わん。四時行われ、百物生ず。天何をか言わん、と。
(陽貨 十六)

――――先生は言われた。「紫が流行して正式な色である朱を凌ぐことを憎む。官能的な鄭の音楽が流行って正統の雅楽を乱すことを憎む。口のうまい輩が国家を覆すのを憎む。」
先生は続けて言われた。「わしはもう色々言うのをやめようと思う。」
子貢は言った。「先生が何も言わなくなったら、我ら弟子一同は人々に何を伝えれば良いのでしょうか。」
先生は言われた。「天が何かを言葉にして言うだろうか。それでも四季は巡り、諸物は生じる。天が何かを言うだろうか。」――――

いろんなことに怒りすぎて、孔先生、疲れちゃったようである。

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