電車 居眠り 夢うつつ 第37回「カテゴリー化の本能」

高齢者にとって、あるいは高齢者の家族にとって、「認知症か認知症でないか」が大問題になる時がある。「うちのおじいちゃん、認知症じゃないかしら」と思って病院に行くよう勧めると、「ワシは認知症じゃないっ」と怒られたりする。
認知機能の低下というのは、外傷や脳卒中によるものでなければ、それなりにゆっくりと、連続的に起こるものである。「認知症」と診断された人の中でもその認知能力の程度は様々だし、実際は「正常」と診断された人の認知能力の程度だって様々のはずだ。
そもそも、以前書いたように、「認知能力」というのは様々な異なる能力の集合なのだから、1次元の尺度で測るということ自体に無理がある。だが実際には、1次元の尺度どころか、認知症か認知症でないかという2つのカテゴリーに分ける考え方が一般的だ。
偉そうに批判するつもりはない。私だってそういうふうに考える。

こういうことを、「老化と介護と神経科学」で書こうと思ったのだが、やめた。これは何も、認知症に限った話ではないからだ。
例えば、入学試験。「1点刻みの試験には意味がない」という批判にもうなずけるところはあるけど、学校が受け入れられる入学者には限りがあるのだから、どこかで線を引いて合格者と不合格者に分けなければならない。1点差に「本質的な」意味があるかどうかというレベルの話ではないのだ。

しかし、同じ試験でも、指導のために生徒の現在の学力を把握するのが目的の試験なら、合格と不合格にカテゴリー分けしたり、1点2点の違いにピリピリするのは無意味だろう。100点ならもう勉強しなくて良いというわけではないし、30点では全然ダメだというわけでもない。(0点の場合、問題は学力とは別のところにありそうだ。)もっと言えば、同じ点数であっても、何ができていて何を間違えているかは人によって違う。そう考えると、点数という
もの自体に、あまり意味が感じられなくなる。

そうはいうものの、こういう「カテゴリー化」というのは、場合によっては、問題を明確にしてくれるので、とても便利だ。
たとえば、色。色というのは物理的には電磁波の波長だ。短い方は380 nmくらいから長い方は750 nmくらいまで、連続的に変化する。いわば色は無限にあるのだが、我々は大だいたい7つのカテゴリーに分けて考える。「赤い花」と言えば話は通じるのであって、正確な吸光スペクトルに頭を悩ませる必要はない。

カテゴリー化は時と場合によってはたしかに有用だが、人は有用かどうかにかかわらず、本能的にカテゴリー化をするようである。それは、カテゴリー化によって情報量を減らし(無限にある波長を、7つの色に分けるなど)、脳の情報処理の負担を減らす仕組みなのかもしれない。
だが、本能的なカテゴリー化は、しばしばカテゴリー化できないことがらにまで向けられる。「あの人は良い人だ」とか「あいつは悪い奴だ」とか我々は考えるけど、100%良い人とか、100%悪い人というのが存在しないことは、ちょっと考えれば分かることだ。わかっちゃいるけどやめられない、というのが、「本能的」という所以である。

さて、ちょっと古い話になるが、カテゴリー化をするニューロンがサルの前頭前野で見つかっている。
Freedmanらは、ネコの画像とイヌの画像を適当な割合で合成した画像をサルに見せ、イヌかネコかを判定させる課題を訓練した。
使った画像は下図のようなもので、たしかに、ネコ100%(100% C1)〜ネコ60%(60% C1)はネコっぽく見え、イヌ100%(100% D1)〜イヌ60%(60% D1)はイヌっぽく見える。

そして、脳のニューロンの活動を調べると、下側頭葉皮質という、視覚認知に関わる領域では、ネコっぽさ、イヌっぽさの程度を表す活動がたくさん記録され、前頭前野という、行動決定に重要な領域では、イヌのカテゴリーに入れば、100%でも60%でも皆同じに反応するイヌニューロンや、ネコと判定する時にはいつも同様に反応するネコニューロンがたくさん見つかった。カテゴリー化には、前頭前野が関わっているようである。

ここで疑問なのは、このカテゴリー化は、生まれつきの性質なのか、教育や訓練によって身についたものなのか、ということだ。
この疑問に対する明快な回答はまだないが、カテゴリー化するポテンシャルは生まれつきでも、実際にカテゴリー化が起こるのは、訓練のせいではないかと思う。(別の人の研究で、実験のために人為的に作ったカテゴリーに反応するニューロンが見つかっている。)

人を良い人、悪い人に分けたり、エラい人、エラくない人に分けたりというのも、相手のカテゴリーによって反応を変えるように教育訓練された結果という面もあるのではないだろうか。

(by みやち)

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