前回の続きです。ちょっとめんどくさい話が続きます。
大脳皮質はだいたい50の領域(領野)に分けられる。なぜ「だいたい」などと曖昧なことを言うかというと、研究者によって分け方が微妙に違うからだが、深入りすると長くなるので、だいたい50ということにしておく。
特に後頭葉から側頭葉にかけては、ものを見分けることに関わる領野が並んでいるが、一番後ろの領野の細胞は、線分の位置や傾きといった、物の単純な特徴に反応するのに対して、側頭葉の一番前あたりの細胞は、人の顔を見分けたり、表情を見分けたりする。後ろから前に行くに従って、なんとなく「高次」な機能を持っているようである。後ろの方の細胞が単純な特徴を抽出し、その情報を順番に前の方に送っていくに従って、少しずつ複雑で「高次」の情報が抽出されていく、と我々は信じている。(まだ証明はされていない。)
反対に、「高次」の領野から「低次」の領野へ信号を送る細胞もあり、これは多分、「低次」の領野の細胞の活動を「調整」しているのだと説明されるが、よくはわからない。
このような視覚情報処理に関わる領野間の神経連絡のパターンを1980年代に詳しく調べた人たちがいた。その丹念な研究の結果、より低次の領野から高次の領野へ情報を送る細胞(の細胞体)は皮質の浅い層に多く、より高次の領野から低次の領野へ情報を送る細胞は、深い層に多いという傾向があることがわかった(図1)。
また、やはり80年代に、同じようなことを前頭連合野で調べた人がいた。前頭連合野にもたくさんの領野があるが、どの領野もさまざまな「高次」な機能(記憶とか注意とか概念とか意思決定とか感情とか)に関わっているので、機能的にはどこがより高次とも言えない。彼女が着目したのは、皮質の層構造だ。
一般に、大脳皮質(新皮質)は6層構造をとると言われる。教科書には、I層:分子層、II層:(外)顆粒細胞層、III層:(外)錐体細胞層、IV層:(内)顆粒細胞層、V層:(内)錐体細胞層、VI層:多形細胞層と書いてあるはずだ。(余談だが、大脳皮質の層の番号はローマ数字で書く。なぜかわからないけど、昔からそういうことになっている。)
だが、実際には領野によって、くっきりはっきり6層構造(あるいはそれ以上)に見えるところと、II層とIII層の境がわからないところや、そもそもIV層がないというところもある(図2)。
たくさんの層がくっきり分かれて見えるということをカッコよくいうと、「分化している」となる。層が分けにくいというのは、「未分化」な皮質ということだ。そして彼女の結論は、「より分化した皮質からより未分化な皮質へ情報を送る細胞(の細胞体)は浅い層に多く、より分化した皮質へ情報を送る細胞は深い層に多い」というものだった。
さらに、このパターンはじつは側頭葉にも当てはまり、より「高次」と言われる皮質はじつはより未分化な皮質で、より「低次」な皮質はすなわちより分化した皮質であるという結論になった。
しかしまあ、少なくとも視覚系においては、より未分化な皮質というのが機能的には高次な場所ということで、だいたいみんな納得している。
さて、では前頭連合野で未分化な皮質というのはどこかというと、それは、前帯状皮質など、情動に関わる領野なのである。視覚系でみんなが認めている「高次−低次」の考え方を前頭連合野に持ち込むことが許されるなら、情動に関わる領野が、最も高次な領野であり、情動が最も高次な精神機能であるということになる。
ちょっと面白いと思いませんか?
(※図2 Joyce and Barbas (2018) Journal of Neuroscience 38(7):1677-1698, figure 1より改変)
(by みやち)