筆者はこう見えても(どう見えてんだか)石が好きである。マニアではないが、かなり好きである。どの程度好きかと言うと……
(1)高校生時代に弘法さん(京都・東寺の骨董市)で見つけて買った鉱物標本木箱(50種類/¥2000ほどだったと記憶している)をいまだに大事に保存している。
(2)ただ保存しているだけでなく、深夜のバーボンタイムに興が乗ると、その木箱を持ち出してきて標本をひとつ取り出し、バーボンの氷を軽くなぞった指でその石に数滴の水をつけ、「折りたたみ式ルーペ」(6倍率)で仔細に観察して悦に入っている。
(3)ロックピックハンマー(岩石採石用ハンマー)を持っている。
(4)ときどき思い出したように、つげ義春の「無能の人」を(これを読んだら落ちこんでしまうことはわかっているくせに)つい読んでしまう。
……という具合に好きである。
「十分マニアだよ」と笑われたかもしれない。しかし「彼に比べりゃ」という友人がいる。
標高2800mあたりの穂高山中で早朝にロックピックハンマーの音を聞いたことがあり、「驚いたな。こんなところで採石してるヤツがいるぞ」とつい見に行ってしまって、つい友人となってしまった石男がいる。彼は採石という目的だけで、テントを背負って日本各地の山を3日も4日もウロウロと単独徘徊する。普段はじつに物静かなただの地学教師(高校)なのだが、ひとたびワイシャツを脱げば、そこに「S」ではなく「石」の字がダイヤモンドマークの中にデザインされている青いTシャツを身につけているのではないかと想像してしまうような熱い石男である。石の話を始めたら最後、ウンザリして逃げるタイミングを画策しなければならない。そういうコアなマニアが友人にいる。
そんなわけで「魔談」。「そのうちに石を語りたい」と思って密かに準備を進めてきたので、今回はひとつ「魔の石」を存分にやろうと思う。
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さて「魔の石」。あなたはどんな石を連想するだろうか。
筆者はあれこれ考えた結論として、2個の石を紹介したい。端的に言えば「魔の宝石」と「魔の隕石」。それぞれ名前もちゃんとついている。「ホープダイヤモンド」と「ヒュパティアストーン」。
女性の方は宝石に目を輝かせ、隕石にはいまひとつ興味がわかないかもしれない。しかしこの隕石につけられた「ヒュパティア」は女性の名前であり、彼女は悲劇の最後を遂げた女性天文学者である。なのでぜひ最後まで御一読ありたい。
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今回はホープダイヤモンドの話から始めたい。「ホープ」という名前を見て思わず「希望のダイヤモンド?」とロマンティックな気分になった女性もいるかもしれないが、残念ながらそうではない。前述した「ヒュパティア」同様、人名である。ヘンリー・ホープ(英国の銀行家)がこれを所有していた時期があったからだ。このダイヤモンドは希望どころかとんでもない石で、「呪いのダイヤモンド」と呼ばれている。
いかに大勢の人間がこのダイヤモンドに魅せられ、その地位や権力や財力をふりかざして獲得に奔走し、ついに手に入れた結果、破滅していったかという話は、興味のあるかたはネットで「ホープダイヤモンド」と検索して調べてみたらいいだろう。ウンザリするほど出てくる。
この物欲破滅談は、当ホテルでも以前に話題となったエドワード・ゴーリーに依頼し彼ならではの絵本にすれば、ヒットまちがいなしと思われる。変死・怪死・自殺・処刑・毒殺……「普通じゃない死にかた一覧」みたいな絵本になるだろう。「ギャシュリークラムのちびっ子たち」に匹敵する、教訓もヘチマもない、ただこの宝石を手に入れた人々が、アルファベット順で、淡々と、悲惨に、無残に死んでいく絵本。その結果、「病んだ大人絶賛の」「熱狂的なコレクター続出の」絵本となるだろう。残念ながらゴーリーは2000年に死んでいるのだが、まさにゴーリーにぴったりの題材だ。
ただし「呪いのダイヤモンド」伝説として伝えられてきたその大方は、じつは作り話らしい。つまりこのダイヤモンドが「いかにいわくつきの石か」と誇張して話をでっちあげてしまいたい人々が、今までに何人もいたということである。
我々日本人の感覚からすれば、こうした「西欧の呪い騒ぎ」はすぐに「どことなく怪しい」と気がつくのではないかと思われる。……というのも前回の「魔のイノシシ」で取り上げているが、「呪い」というのは「タタリ」とはちがい、そこに明確な理由なり起因なりがあるはずだ。ところがホープダイヤモンドの場合は「持ち主を次々に破滅させた。人手を転々としていった」といった怪現象のみが強調され、「なぜそうなったのか。そもそも誰が、なんの理由で呪いをかけたのか」という肝心の部分が一向に見えてこない。「……ははあ、これは凡人が企んだ奥行きのないハッタリ話だな」とすぐに見当がつくのである。
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さて現在、このダイヤモンドはワシントンの国立自然史博物館にある。宝石愛好家の間ではいかに有名な存在であるかというひとつのエピソードとしては、かのルパン3世さえこれに目をつけて博物館に侵入し盗み出したというエピソードがある(TVシリーズ第107話)。
しかしまんまと盗み出したまでは良かったが、彼はこの「呪われたダイヤモンド」をなんと峰不二子にプレゼントしている。間接的殺人としか思えないような行為だ。よほど死んでほしかったのだろう。
冗談はさておき、この石はブルーダイヤモンドと呼ばれている。文字どおり魅惑的な青に輝く「スーパー希少ダイヤモンド」なのだが、「なぜ青いのか」という点については「ホウ素が含まれているから」とわかっている。
面白いのは「なぜホウ素が含まれているのか」という点が謎らしい。つまりダイヤモンド生成の環境では、ホウ素は「ほとんど存在しないはずだが」と学者たちは首を傾げているのだ。しかし「ほとんど存在しないはずのホウ素」が存在したからブルーダイヤモンドが生まれたのであって、しかもそのホウ素はダイヤモンド生成にとって「不純物」なんだそうである。
なんだかじつに皮肉かつ教訓的な話だ。まるで「あんたそこにいるハズないでしょ」という異端者たちがじつはこっそりと存在し、しかも「不純」という烙印を押されながらも日の当たらない場所で活動することで、じつはその社会全体が円滑に機能している……みたいな話ではないか。「魔談」筆者のような不純男がホテルの一室に隠れ潜んでいることで、このホテルも暴風雨の中にあって燦然と美しく輝く灯台のような存在となっているのかもしれない。
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このブルーダイヤモンドの魅力は他にもある。一部のダイヤモンドは「紫外線を当てると(数秒間)赤い燐光を発する」という現象を御存知だろうか。これは特に珍しいことではなく、ほぼ1/3のダイヤモンドがそうであるらしい。ところがホープダイヤモンドはなんと1分以上も赤く輝くというのだ。
青いダイヤモンドが自ら燐光を発し、1分以上も赤く輝く。これは確かに魅惑的な「魔の石」にちがいない。これまたその理由がさっぱりわからんと学者たちは首を傾げている。じつはわからんことだらけの謎めいた石なのだ。この宝石に目がくらんで破滅したとかのでっちあげ物欲伝説よりも、こっちの謎の方がよほど魅力的である。
…………………………………… 【 つづく 】
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専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。