申相玉(シン・サンオク)という韓国を代表する映画監督がいる。韓国映画史上10本の指に入る大監督だ。秀作の「離れの客とお母さん」「地獄花」「赤いマフラー」等を撮っている。
彼の妻が崔銀姫(チェ・ウ二)というこれまた韓国を代表する大女優だ(日本の原節子に匹敵しよう)。
この監督と女優が、別々に、金正日(キム・ジョンイル)の命令で1978年に北朝鮮に拉致され、8年ほど北に暮らして映画を作る。その後ウイーン滞在中にアメリカ大使館に駆け込みアメリカに亡命する。
この一連のことを描いたドキュメンタリーが現在公開中の「将軍様、あなたのために映画を撮ります」だ。
映画は現在の崔銀姫が事件の顛末を語る部分を中心に、2人の子供、CIAの職員など関係者のインタヴューを集めて構成される。また、香港から船で拉致される様子、ウイーンのホテルの部屋から脱出する様子が再現フイルムとして描かれる。時折、二人が共同して作った50年代、60年代の懐かしい韓国映画のシーンがスクリーンに映ったりする。
金正日が映画好きなのは有名な話だ。日本の寅さんシリーズ48本全部持っているとか、韓国にもネガが無い韓国映画の歴史的名作「晩秋」を持ってるとか昔から色々な噂があった。
さて、この映画で一番驚くのは2人が持っていた隠しテープに録音されていた金正日の肉声だろう。
北映画は泣くシーンが多く韓国映画が大学生とすれば北は幼稚園レベルだとか、部下への拉致の指示が悪く2人を北に連れてきた後5年もきちんとした対応をしなかったことを謝るなど、興味深い。
崔に会った時、金正日が自分のことを「(体型が)うんちみたい」と言ったりしてその場を和ますところがあったという証言も面白い。
しかし、この拉致および申監督に映画を作らせた事実は韓国映画ファンなら誰でも知っているだろう。文春文庫に「闇からの谺ー北朝鮮の内幕」という2人が書いた面白い本もある。だから、この映画は驚く新事実が出てくる訳でもなく正直失望感を感じるところもあった。ファンとしては、2人と金正日が共同で映画を作る過程をもっと見たかったと思う。
まあ、そんな映像は残っていないだろうし、インタヴューで答えてくれる関係者もいないだろうが。
監督は韓国にいる時、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の映画製作に対する厳しい制約の下にあり、また多額の借金もあって自分の思うように映画を撮れていない。また金正日も偉大な政治家とされる父親に対しコンプレックスを感じながら、映画の分野で西欧を驚かせたいという野心を持つ。
この2人が出会ってしまったのだ。
監督は北で17本撮ったのだが、私は、一本だけ85年に製作され98年に「キネカ大森」で公開された怪獣映画「プルガサリ」を見ている。
これは、何とゴジラの着グルミに入る日本の役者薩摩剣八郎と特撮スタッフを日本から招聘し、着グルミで怪獣プルガサリを演じてもらった映画だ。
高麗朝末期、領主の圧制に耐えかねて米粒から生まれて鉄を食べて巨大化する怪獣が民衆のために大暴れする、言わば日本映画の「ゴジラ」と「大魔神」を足して2で割ったような映画でそれなりに面白い。城を破壊するシーンに迫力があった。
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さて、最後に好きな映画をもう一本。一番好きな申監督作品は梶山季之原作、67年の「李朝残影」だ。
植民地支配末期の京城を舞台に日本人美術教師と妓生の悲恋を描くが、60年代に活躍した女優文姫(ムン・ヒ)が清楚に美しく、歴史的建築物(景福宮)や韓服、舞踊などの「朝鮮の美」を鮮やかに写し取った撮影と「3・1運動」も絡む痛切なストーリーに驚嘆した程だ。
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「将軍様、あなたのために映画を撮ります」の画像は「映画.com」より
「李朝残影」の画像は東洋経済日報記事より
(by 新村豊三)