映画を見て体が震えることはそうそうないが、何とわずか1週間で2回その体験をすることになった。アルゼンチン映画「家へ帰ろう」とインド映画「パッドマン 5億人の女性を救った男」を見た時である。
秀作「家へ帰ろう」はこんな映画だ。
首都ブエノスアイレスに住んでいる88歳の仕立て屋の爺さんが、ある夜、思い立って、単身ポーランドのワルシャワに行こうとする。急なことなので直行の飛行機のチケットが取れず、まずはスペインのマドリッドに行きそこから陸路ポーランドを目指そうとする。
爺さんはユダヤ人であり過去に悲惨なホロコーストを経験していることが徐々に分かってくる。ポーランドに行くのも、70年以上抱き続けた、若い頃の恩人に会ってあるモノを渡したい思いがあるためだ。
この映画はその行程を描くロードムービーだが、デティールが抜群に面白い。反ナチ根性に貫かれ、絶対にポーランドやドイツという言葉を口にせず、紙に書いて他人に用件を伝えようとする頑固者だが、行く先々でいろんな国の魅力的な女性が救けてくれるの実にいい。マドリッドの色気とウイットのある安ホテルの女主人、列車で偶然乗り合わせるドイツ人文化人類学者、そしてもう一人は書かずにおこう。
ラストは、その恩人を探しだして会えるかどうかで胸が締め付けられるが、その結末には久しぶりに体が震えた。脚本も書いているパブロ・ソラルス監督はユダヤ系アルゼンチン人である。
次に大快作「パッドマン」だ。
インドには安価で清潔な生理用品がないので、周囲に変人と思われながらも奮闘して商品開発を続ける男の波乱万丈の話だ。成功しても金儲けに走らず地域地域の女性たちにこのパッド(生理用品)を作ってもらいそれを販売させることで女性の地位向上を目指していく。実話に基づく。
インド映画お得意の歌や踊りもあるがそれほどは多くない。少々物語が荒っぽく進むところもあるが、グイグイとダイナミックに展開する後半は圧倒的だ。
社会性も含まれるが、硬い映画では全くない。ユーモアも満載だ。映画館では、私と、私の後ろに座ったインドファンと思しき30代の女性二人組はずっと爆笑を続けた。やがて、クライマックスに至るや涙腺が破れたのだが。
片田舎に暮らしていた主人公は特にインテリジェンスがある訳ではないが、何と国連に招待されて通訳なしのブロークンな英語でスピーチをすることになる。このクライマックスのシーンが実に素晴らしい。インドの大スターの一人である主役のアクシャイ・クマールの、それまでの一途で愚直と言っていい位のピュアな奮闘ぶりを見ていた私は、彼が下手だがハートのこもった英語を話すのを聴いて胸の高まりを抑えられなくなった。
ヒンドゥー教のためインドでは生理中の女性は穢れているとされ、5日間部屋に籠ることになる。すると5日×12か月=60日、すなわち一年の2か月をきちんと生きていない。だからこそ安価な生理用品を提供し、部屋の束縛から解放され健全で当たり前の家庭生活と社会生活を送ってもらいたいと彼は言うのだ。
「金儲けは男一人が笑うだけ、有意義な社会活動は沢山の女性たちがほほ笑むことになる。自分は国のために沢山やることがある」という深い哲学を、実にシンプルな英語で言うのだ。また、主人公の名前はラクシュミカントというのだが、「今日から名前も変えます、ラクシュミカント(can’t)でなくラクシュミカン(can)にします」と言った時はそのユーモアに心底感嘆した。ダジャレなのだが、この前向きな思考!アッパレ!
映画には故郷の古風な妻と現代的で開明的な女性という対照的な女性が登場する。彼女たちを巡り切ない話になるところも好きだ。
撮影も素晴らしい。大河に面した素朴な田舎の村、そして華やかな大都会の切り取り方などシャープで見事である。特にロングショットに目を瞠る。あまり話題になっていないようで上映期間が短い映画館が多い。残念なり。
(by 新村豊三)
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