今夏の湯布院映画祭で奇跡のように美しく素晴らしい日本映画を見た。
新人女性監督・脚本家のHIKARIが撮った「37 Seconds」という映画だ。「奇跡」などという言葉を使うことはめったにないが、映画の内容とその製作過程に対して、そう表現したくなる。
読んでくださる皆さん、どうかこの映画のことを覚えておいて、来年2月の全国公開の折には是非劇場に足を運んでいただけませんか。今回は、そういう思いで文章を綴ります。
内容は一言で言うと、脳性マヒを持つ23歳の女性を巡る物語だ。主人公は出生の時の「37秒間」(原題)の仮死状態が原因で、自由に言葉を発することも体を動かすこともできない状態にある。
誤解してもらいたくないのだが、決して「障碍者のお涙頂戴映画」ではない。彼女の人生の豊かな広がりと、周りを取り巻く人々の成長を描く映画だ。これが映画として抜群に面白いのである。
映画は前半と後半で大きく展開が異なる。
前半は、エロ漫画のゴーストライターとして生計を立てているヒロインが、漫画雑誌の女編集長にアドバイスを受けて、男性経験をするために何と車椅子で歌舞伎町に出かけて行き、デリヘル体験にチャレンジする様子を描く。そのリアルなプロセスたるや、こちらがドキドキするくらい面白い。ユーモアまで生まれているのがまたいい。
後半は、前半とは全く違う展開になるが、ヒロインは、これも車椅子のまま、自分の大事な人と会う旅を続ける(誰と会おうとするのかは敢えて伏せる)。そのストーリーテリングの上手さに舌を巻き、やがて大きな感銘に至る。美しい映画だと思う。
この映画が素晴らしいのは、第一に、障碍者の性をテーマにしていて、その描く内容が新鮮かつ豊かなので、人間やこの世の中への見方が変わるからだ。同じようなテーマの映画に、日本映画「こんな夜更けにバナナかよ」や米映画「セッションズ」(後述)があるが、これらをはるかに超えている。
もう一つの理由は、その障碍者を実際に脳性マヒの佳山明さんが演じているからだ。大阪に住み公務員の仕事を持つ彼女がオーディションで選ばれて、体当たりで演じている。演技未経験だった佳山さんは、監督の演出もいいのだろうが、自然な感じでスクリーンに存在し、表情も本当に豊かである。
上映の後、シンポジウムが開かれたが、絶賛の声が相次いだ。40年近く参加してきた湯布院映画祭のシンポの中で恐らく最も感動的なシンポであった。出演者やスタッフが本当に精魂込めて作り上げたことが伝わってきた。佳山明さんは、しゃべることが不自由ながらも、誠実に聡明に答えられた。その言葉を少し記しておきたい。
「生きる」ことにも生きづらさがあり、映画製作の過程も大変だったのですが、皆さんに支えられてやってきました / こんな命でも貴いはずと思っています。
/真起子さんは、私、好きです 向かい合ってくれました カッコいいです 明るい雰囲気を作って、本当にスゴイなあと思います。
「真起子さん」とは、映画の中で、障碍者専門のデリヘル嬢を演じたベテラン女優の渡辺真起子である。障碍を持つヒロインに自由で人間らしく生きることを教えて支えてあげる魅力的な大人を演じている。
製作に携わった人すべての方に対して、心から賛辞を送りたい。よくぞ、撮ってくださった。来年の新宿ピカデリーでの公開には是非駆け付けたい。お顔が黒木華にちょっと似てニコニコしている監督HIKARIさんに、そう約束した。
彼女は40代だろうか、大阪の出身で、高校の時単身渡米し大学で映画製作を学んだ経歴を持つそうだ。
さて、好きな映画をもう一本!
障碍者の性を描く映画として優れているのは2012年の「セッションズ」だ。
障碍のため、首から下の体を動かせず性体験がなかった中年男性に女性がセックスセラピーを行っていく話だ。実話に基づいている。セラピストをヘレン・ハント(「恋愛小説家」)が演じて印象に残るが、アメリカには、障碍者の人間としての権利を大事にする発想と、実践があるのだと驚いた。日本では発想そのものがまず生まれないだろう。
(by 新村豊三)
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