中国映画の巨匠チャン・イーモウは何処へ行く、「グレートウォール」と「単騎、千里を走る。」

3月、4月と様々な話題作を見た。日本映画「バンコクナイト」、アメリカ映画「ムーンライト」(アカデミー作品賞受賞だ)、イギリス映画「わたしはダニエル・ブレイク」、韓国映画「哭声/コクソン」等だ。世評は高いのだが自分には今ひとつの観があり、残念ながらこの連載で取り上げることが出来なかった。

やっと、これは書いてみたいという作品に出会った。あの中国の巨匠チャン・イーモウの新作「グレートウォール」である。いや、手放しの傑作ではない。珍作、怪作の要素も持つ。しかしぐいぐい引き込こんでいく作品としての強度はとても強い。

「グレートウォール」監督:チャン・イーモウ 出演:マット・デイモン ジン・ティエン他

監督:チャン・イーモウ 出演:マット・デイモン ジン・ティエン ペドロ・パスカル ウィレム・デフォー他

ストーリーは、奇想天外、荒唐無稽。11世紀中国の宋代、60年に一度襲ってくるという異種生物の「饕餮(とうてつ)」という怪物と、中国人の兵士達と偶々火薬を探してやってきた西欧人のマット・デイモンたちが、グレートウォール即ち「万里の長城」で戦うというもの。
正直、この化け物の造形が生理的に嫌いだし、うじゃうじゃ何万もいるのもイヤだが、映像の空間表現が素晴らしいのと(「長城」は映画に向く!)、戦い方がこれまた映画的で、飽きずに面白く見てしまう。
例えば若い女性達がバンジージャンプのように下に飛び降り、敵と戦い、またひゅーんと上に帰ってくる。面白い。また、時々、展開がアナログ的で人間味が出るのもご愛敬(子供だましの磁石が出てきたり、気球戦術が取られたりする)。
弓の名手マット・デイモンも全く違和感ない。勇猛で凛々しくて見せ場がちゃんとある。
お見事と言う感嘆と、このバケモノの造形はやり過ぎじゃないのかという戸惑いとのアンビバレントな感想を持つ。

さて、これはチャン監督初めてのハリウッド作品だそうだ。これも世界各地でかなりヒットするのではないか。スケール大きく世界を股にする監督になったというべきだろう。しかし、引っかかるところもある。あのチャン・イーモウだからなあ。
そう、彼は中国の、ローカルで素朴な人たちを描く映画を沢山撮っていたのだ。我々はおよそ30年近く彼の映画を見て来ている。初めは、穴に落ちた男と女の情愛を描いた「古井戸」で役者として主役を演じた時だったか(彼の坊主頭の風貌も好きだった)。
監督作「紅いコーリャン」は映像感覚が鮮烈だったし、「初恋のきた道」や「あの子を探して」で経済成長前の素朴な社会と人々を見て中国の理解を深めてきた、言い換えると、映画を通じて人々に共感と親近感を抱いていたのだ。
しかし何だか、今の彼はメイクマネーのためハリウッド化しちゃった感じがしてしまう。これも現代中国をシンボライズしているのか。

私の勤務先の学校にはご年配の中国人の中国語講師がいる。彼女からチャン・イーモウは人格が良くないですよ、という言葉を聞いた。恋人の女優をどんどん変えますから、とのことだった。彼は、同国人にはそういう捉えられ方をされているのも事実だろう。

「単騎、千里を走る。」監督:チャン・イーモウ 出演:高倉健 中井貴一 寺島しのぶ

監督:チャン・イーモウ 出演:高倉健 中井貴一ほか 【amazonで見る】

好きな映画をもう一本書くスペースが無くなって来た。高倉健を主演にした彼の監督作がある。78年に、高倉健が主演した「君よ憤怒の河を渉れ」と言う映画が中国で公開され大いに魅了されたのが若き日のチャン・イーモウだが(これについては、近くまた書きたい)、2005年に憧れの人であった高倉健主演で「単騎、千里を走る。」を撮ったのだ。

仮面劇を研究する民俗学者の息子が志半ばで病の床につき、代わりにその劇をビデオに撮ってこようと、父親である高倉健が単身雲南省の奥地を訪ねて行く。素朴な温もりのあるドラマで、現地の村で地元の人たちと交流する(例えば屋外の何百人の食事シーン)健さんの自然な姿が中々良いのだ。

※「グレートウォール」画像は公式サイトより

(by 新村豊三)

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