今年、劇場で見た100本余りの映画の中で一番感銘を受けた外国映画は1989年の台湾映画「バナナパラダイス」であった。
台湾映画の最高傑作かもしれないと思う。今回は、この作品と昨年公開の台湾アニメ映画「幸福路のチー」を紹介したい。
25年前、尊敬する映画評論家佐藤忠男さんが「バナナパラダイス」をキネ旬の世界映画ベストテンの第9位に入れておられるのを知り、ずっと見たいと思っていた。今年3月に佐藤さんの講演付きで新宿の劇場で公開が予定されていたが、コロナで延期になった。佐藤さんは、88歳という御高齢とコロナの為か、もう講演はなかったが、10月にやっとこの映画を見ることが出来たのだ。
話は戦前1948年、中国共産党と国民党の「国共内戦」が行われていた中国華北省から始まる。
主人公メンシュアンと兄貴分にあたるダーションが、バナナに憧れて、台湾に渡ることになり、身寄りもないこの二人が、映画が作られた「現代」の1989年までを生き抜いていく、波乱万丈、奇想天外とも言えるスケール大きなドラマだ。
話がユニークで面白いから、出来るだけストーリーには触れないようにしたいが、一つだけ言うと、無学な主人公の一人は逃亡の途中で、行き掛かり上、北京のエリート大学卒の若者になりすまして生きていくことになる。
歴史を踏まえたリアルな劇であるが、決して難しい映画ではなく、人間臭く、何度も噴き出してしまう喜劇の要素も含む。しかし笑いながら主人公二人に切なさを感じ、心の中で泣き続ける映画だ。台湾にやってきた大陸出身の外省人にはこんな苦労と喜怒哀楽のドラマがあったのか。
特に、台南のバナナ農園で平安に暮らしていたのに、本土から来たダーション兄貴分が共産スパイと間違えられ、官憲に引っ立てられる時、その家のおばちゃんが、まず飯を食わしてやってくれと山盛りのご飯を差し出すと、錯乱しているダーションが思わず「母ちゃん」と叫ぶところは、涙なくして観られない。(蓋し、アジアのおばちゃんは偉大だ)
卓抜な話に加えて、出演者全員の演技(地元の人ではないかと見紛う存在感)、それから、緑の田んぼ、ゴチャゴチャした台湾の市の街並みなどを俯瞰で捉えた撮影もいい。
ラストに至るや、あっと驚く「真実」も明らかにされ、映画で描かれてきた人間の営みが、人間を越えて、崇高な「神話」の域まで達していると思ったほどだ。
本筋に関係ないが、私のように、1950年代の日本の生活を知っている者には、1950年代、台湾の人が、夕涼みをしながら語らったり大家族で食事したりするシーン等はとても懐かしい感じを抱く。
主役を演じたニウ・チェンザーが実生活では監督になり、大好きな「モンガに散る」(2010)、「軍中楽園」(2014)を撮っているのも嬉しい(後者は「2018・6・30」の回で紹介した)。
さて、ソン・シンメイという女性が作ったアニメ映画「幸福路のチー」(2018)も素晴らしかった。脚本・監督をした彼女はまだ47歳。京大の大学院で映画理論を学んでいる。
映画は、40代のアメリカ在住の女性が台湾に帰り故郷を訪ね自分の人生を振り返り、直面している現在の人生の問題に決断を下していくというストーリーだ。
絵はシンプルで、映画の中にはノスタルジックな箇所もあるが、台湾現代史を背景にして我々と等身大の少女が成長していく骨太の作品だ。
裕福ではないが素朴で幸せな少女時代を送ったチーは頭もよく、医者を夢見て優秀な大学に進むが、文系に転部し、大陸から渡って来て台湾人を抑圧する国民党と闘う民主化運動に身を投じたりする。卒業後、新聞社に勤め新天地アメリカに渡ってゆき、優しい青年と知り合うことになる。話のテンポが良いうえに、スケールも大きい。
登場人物も存在感がある。出色なのは、ビンロウ(噛みタバコの一種)が好きで大らかな祖母と、アメリカ人と台湾人のハーフである金髪の幼友達ベッキーだ。
祖母はもともと原住民のアミ族の出だが、実にアジア的な莞爾とした表情をしている。ベッキーも幸せな結婚は出来ないが、明るい性格とバイタリティを持ち、酒場で歌手をやったりして、人生を切り開いていく。
近くにいても遠くにいても娘を支え続ける働き者の両親の存在がとても大きい。両親には娘への信頼がある。娘が挫折しても大らかに受け止めていく。この映画には笑いと人間味があり、生きていくことの肯定感があるのがとてもいい。
(by 新村豊三)