傑作「チルソクの夏」を撮った故佐々部清監督の遺作が公開されている。亡くなったのは昨年の秋頃かと思っていたが、調べると、昨年の3月末であった。ちゃんと覚えてなくて申し訳なかった。コロナで社会も自分自身も混乱していた時期で、自分の時間の感覚がおかしくなったのだろう。
「チルソクの夏」は、2004年に見たが、この年のマイベスト作品で、幾つかのシーンは鮮明に覚えている程だ。今度見直してみたが、また何回も涙ぐんでしまった。高校生の溌溂とした青春映画であり、心の奥にグッと来る切ないラブストーリーであり、日韓関係の困難で哀しい部分も出ていて社会性も持つ。17年前より輝きを増しているように思う。
1977年7月、山口県下関市の高校と釜山の高校の合同陸上大会が釜山で開かれ、棒高跳びの選手である日本人の郁子と韓国人の安(アン)が知り合い、文通を始める。当時は日韓の交流も少なく、周りの大人たちは過去に囚われ、二人の交際を快く思わない。郁子の父は「朝鮮人と付き合うな」、安の母親は「私の伯父は日本人に殺されたのよ」と言ったりする。安の父親が外交官であってもだ。
郁子の家は裕福でなく、父親は流しの演歌歌手(歌手の山本譲二が好演)。本人は朝夕の新聞配達をして家計を助ける。早朝夕暮れと、新聞を配達しながら走ってゆくシーンが何回も出てくる。タスキを掛けて、民家が密集する横の階段を駆け上がる。商店街の路地を走る。海に面した神社の鳥居の前で柏手を打って拝む。ひた向きで健気だなあと思う。
タイトルの「チルソク」とは、ハングルで「七夕」の意味である。大会はこの時期に開かれ、二人は翌年の「チルソク」で再会する。
この映画がいいのは、郁子の陸上部の友人3人が可愛く快活だし(妊娠騒ぎもある)、良き友情が描かれていること。皆が歌好きで、当時の流行歌「あんたのバラード」「カルメン」(ピンクレディだ)などが歌われる。とても懐かしい。「なごり雪」も実に効果的に使われる。ついでに言えば、歌手のイルカは郁子の担任役だ。ラストはハングル版「なごり雪」も歌われる。
書いてしまうと、この二人は、その後、会えなくなってしまう。この映画の白眉は、その20数年先が描かれること。郁子は高校の体育の先生になっている(結婚も離婚も経験して、人生の酸いも甘いも嚙分けている)。2003年に、また、この日韓の高校生の大会が開かれ、スタッフとして参加している。ラスト近く、何と安も競技場に来ていることが知らされる。今は、立派になっているらしい、その彼の姿が遠くに見えるところで映画は終わるのである。
人間の捉え方が優しい映画であると思うが、佐々部監督とは一度映画祭でお話しさせてもらったことがある。にこやかでゆったりとして丁寧な方だった。結構、男前の美丈夫で、俳優をやられても人気が出たのではないかと思った次第だ。
さて、好きな映画をもう一本! 佐々部監督の遺作は、鹿児島県川内(せんだい)市を舞台に、400年続く地元の伝統行事「大綱引」を巡る佳作「大綱引の恋」だ。
私も知らなかったのだが、「大綱引」とは、毎年9月下旬、市内の男たちが3000名程参加して、「上」「下」に分かれて、365メートルもある大綱を引きあう行事。若者の中からリーダーたる「3役」が選ばれる。その一番の誉れの大役は、太鼓を叩いて皆を鼓舞する「一番太鼓」だ。
とび職会社に勤務する武志(三浦貴大)が、「一番太鼓」役に選ばれ、練習を重ね、当日大役を務める話と、離島の甑島で研修医をしている韓国人女性との恋の行方が描かれる。これに妹の敦子の恋も加わる。敦子は、相手方の「一番太鼓」に選ばれる若者が恋人なのだ。
役者が皆いい。特に、三浦貴大が頑張っている。流暢にハングルもしゃべるし、太鼓も懸命に叩く。父親役の西田聖志郎(映画の企画者)もいいが、何と母親役の石野真子がいい。若い頃はアイドルだったが、老いとやはり可愛らしさを残していて、演技も自然。
前半は、私の評価が甘くなってしまう(?)民間の日韓交流が描かれ、とても嬉しい。海や、島や、美しい自然の風景を見て和む。コロナ禍の中、心が晴れ晴れとする。その前半はとてもいいのに、終盤、やや内容を詰め込みすぎたのが残念だ。
映画の終わりに監督の遺影が映る。その横に、自筆の「一期一映」の文字が出る。「一会」を変えて、「映」とした味わいのあるいい言葉だ。早世を悼み、合掌。
(by 新村豊三)