モノクローム映画の秀作「スウィート・シング」と「茲山魚譜 チャサンオボ」

これはいい、これは好きだ、大好きだ。と、思ってしまうアメリカインディー系の映画を見た。2020年製作の、魔法のように魔術のように魅惑的なモノクロ映画「スウィート・シング」だ。

監督:アレクサンダー・ロックウェル 出演:ラナ・ロックウェル ニコ・ロックウェル カリン・パーソンズ他

「スウィート・シング」監督:アレクサンダー・ロックウェル 出演:ラナ・ロックウェル ニコ・ロックウェル カリン・パーソンズ他

チラシが少女の顔しか映っていなくて、映画の良さを伝えていないが、見てビックリ、内容もいいが、シャープで優しい映像、甘くささやくようなボーカルの音楽、人物たちのリアルで魅力的な演技、全て素晴らしい。

携帯が一度も出てこないので、今の時代ではないのではなかろうか。70年代のテイストがした。登場する主役の15歳の姉ビリーと11歳の弟ニコは、人はいいが飲んだくれで生活力のない父親と都会に暮らしている。夫に嫌気がさしたのだろう、母親は家を出て違う男と暮らしている。結構シンドイ生をこの姉弟は生きている。

ビリーは歌が好きで、歌手のビリー・ホリデーが大好きだ。困っていると、画面がカラーになってビリー・ホリデーらしき黒人の人物が現れる。このスーパー16ミリのモノクロ画面の中、不意にカラー画面が現れるのだ。それが実に豊かで効果的だ。その後も、ビリーが海の中に体を沈めるとカラーになったり、カラー画面は、何度か現れることになる。
母親が現在暮らす別のマッチョの男との間にいざこざがあって、ビリーとニコは、友達になった黒人マリクと逃走と冒険の旅に出るのだ。つかの間の自由を味わう。この展開も素晴らしい。
少年少女たちは生き生きとして、はつらつとして、しかもナイーブでピュアなのだ。人生に一度しかない、かがえのないきらめきと輝きを見せている。故に、映画は、ノスタルジックながら、我々の誰にでもあった普遍性を持ち得ている、と言えばよいか。

描かれるものは、雪のクリスマス、夏の海、冒険、犯罪、逃避行、すべて「映画的」だ。また、そこに姉妹の人生もある。二人の人生が描かれているから、切なくて感情移入したのだろう、ラストの展開に良かったあ、と思って涙が出たりした。
尚、二人の子供と母親は、監督アレクサンダー・ロックウェルの実の子供と妻である。だからこそ、こんな親密で優しい映画が出来上がったか。

タイトルの「スウィート・シング」とはアイルランド出身の歌手ヴァン・モリスンの曲から取られていて、彼の曲が何曲も流れている。因みに、字幕では「スウィート・シング」は「愛しの君」と出ていた。いい訳だと思う。
モノクロで若者を描く名作にゴダールの「勝手にしやがれ」、ジャームッシュの「ストレンジャーザンパラダイス」等があるが、それより好きだと言いたい。今年見た洋画の新作で一番好きな作品だ。

「茲山魚譜 チャサンオボ」監督:イ・ジュニク 出演:ソル・ギョング ピョン・ヨハン他

「茲山魚譜 チャサンオボ」監督:イ・ジュニク 出演:ソル・ギョング ピョン・ヨハン他

もう一本、これも美しい韓国のモノクロ映画「茲山魚譜 チャサンオボ」

19世紀初頭、学者の丁・若銓(チョン・ヤクチョン 名優ソル・ギョングが演ずる)が、キリスト教を信じた罪で朝鮮半島の南西の島に流刑となる(島の名が黒山島、別名、茲山、チャサン)。その島で知り合う漁師の若者昌大(チャンデ)との交流を、モノクロの美しい画面で綴る。丁は学問の知識(儒教の本の解釈)を昌大に教え、昌大は丁に魚や生き物の知識を教える。その、お互い対等に教えあう関係がいい。丁は、その知識を生かして本を書くようになる。それが映画のタイトルにもなる「茲山魚譜」である。

海や、岸の高台にある丁が暮らす家などを捉えるカメラが良く、空間の大きな解放感がある。丁が、同じように流刑地にいる弟と、詩文を歌って交歓するシーンも美しかった。漢文と漢字の使用に精通している韓国知識人の有りようも興味深い。
映画「パラサイト」で、家政婦を演じたイ・ジョンウンが、丁の生活の面倒を見る寡婦を演じている。
実は、昌大は両班(当時の支配階級)の私生児であり、そのためか学問の吸収も早く、彼は科挙の試験を受けることになる。科挙の試験風景も興味深い。

ずっと、ややノスタルジックな話だと思っていたら、後半4分の1が驚く展開となる。敢えて書かぬが、科挙に合格し官吏となった昌大は、役人の腐敗を目にすることになり…。ここに、この映画の現代性を見て取ることもできるが、厳しいラストの展開があるからこそ、それまでの二人の交流が一層美しく輝くように思われた。
モノクロだと、海の「青さ」が出なくてやや残念と思っていたら、ラストに、「スウィート・シング」のような豊かなカラーになる。そこもいい。格調高い李朝時代の劇である。

(by 新村豊三)

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