先日、昨年度の新作映画についてキネマ旬報のベストテンが発表された。邦画洋画のベストワンはそれぞれ「ドライブ・マイ・カー」「ノマドランド」。以前紹介した通り、話も面白いがトップに相応しい品格を備えた作品であった。私の個人的ベストは邦画が同じ「ドライブ・マイ・カー」、洋画が「スウィート・シング」で、これは18位だった。
さて、洋画6位にランクインしたのが「ラストナイト・イン・ソーホー」。これは、青春映画とホラーとミステリーと音楽映画が一緒になったような独特の映画。B級映画ムード濃厚の派手な娯楽映画で、私の周りの映画好き(50代の男性、女性、そして20代前半の女性)はこぞって絶賛した。
私はと言えば、予備知識なしで見たせいか途中若干混乱したのだが、ラストの異常な怒涛のような盛り上がりには感服せざるを得ず、誰かに話したくなってくる作品だった。
エロイーズはファッションデザイナーになろうと、田舎町からロンドンにやって来て、古い屋敷の2階で暮らすことになるが、毎晩眠ると、何故か1960年代にタイムスリップしてしまう。自分によく似た顔かたちの女優志願のサンディが酒場で働いているが、舞台に出る機会を貰うため男たちとの肉体関係を迫られている。
階段や鏡を使って、この二人が「会わせ鏡」のように描かれる演出テクニックに眼をみはる。男たちとダンスを踊る時も、二人の体が巧く入れ替わる。
さて、サンディが危機になりかけるとエロイーズは目が覚めて、また現代に戻るのだ。そういうことを繰り返すうちに、精神的に追い詰められ、謎解きのクライマックスに向かう。このクライマックスシーンは圧倒的に素晴らしい。揺れる階段、のっぺりとした表情の男ども、燃え盛る炎、真に映画的である。謎解きは見てのお楽しみだ。
監督は2017年9月10日の回で紹介した快作「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライト。「007」ファンであるらしく、007愛が散りばめられていると、先述の50代映画ファンに教えてもらった。たとえば、1965年「007/サンダーボール作戦」の手描きの看板がソーホー地区に見えるし、ボンドガールを務めた女性も二人出演している。エロイーズがバーで注文する飲み物も「007」で初めて出て来るヴェスパーという飲み物なのだ。
好きな映画をもう一本! 次は、御年91歳のクリント・イーストウッドの新作「クライ・マッチョ」だ。イーストウッドは主役と監督を務めている。これは、好きな映画だ。話の柄は小さいが優しい感じを持つのだ。演出が熟成、まろやかないい後味が残った。
1979年のテキサス州。若い頃はロデオのスターだったが、今は老いぼれた男(クリント・イーストウッド)が、友人に頼まれて、メキシコに行き、友人の息子をテキサスに連れて帰ることになる。メキシコ人の母親を持つその少年は、「マッチョ」と呼ばれる闘鶏用の雄鶏を大事にしている。淡々と進む前半は今一つだと思う。しかし、イーストウッドと少年が、一緒に家を離れ、道中、ボロの教会拝礼所に泊まりこみ、食堂のメキシコ人未亡人と知り合うあたりからとても面白くなる。
イーストウッドは、もう、自然体、融通無碍、ジジイをそのまま演じる。昼飯食ってすぐ眠くなり、ションベンも中々でない。
長年の人生の積み重ねの中で、色々な動物の扱い方が分かっていて、段々と、少年を始め地元の人に尊敬されていく。少々色っぽい未亡人(孫がいる)と気が合い家に泊めてもらい、疑似家族のような関係になる。えー、イーストウッド映画の中でこんなに優しい映画ってあったっけ、と思うが、これも悪くない。
実は、少年は、若い愛人がいる派手な母親と上手く行っていなかった。それでも、少年を取り戻そうと追っ手が迫る。2008年の「グラン・トリノ」では、主人公だったイーストウッドはラストに銃で撃たれて死ぬので、どうなるかと心配する。敢えて書かぬが、少年が飼って大事にしているニワトリ「マッチョ」君が、ある活躍をする。この緩さがまたいいのだ。
ラスト、イーストウッドが未亡人とダンスを踊る時、メキシコの唄が流れる。なかなかムードがいい。そこに、「マッチョ」君がコケーコッコッコと鳴く声が入る。これは憎い演出。参りました。
時折、俯瞰で撮るカメラもいいなあ。全景がバーンと出て空間の解放感がある。馬の群れと、イーストウッドと少年が乗る車が並走するショットもいい。
(by 新村豊三)