今年劇場で観た一番の秀作、フランス映画「愛する人に伝える言葉」

個人的なことで恐縮だが、7月に故郷の高校の先生、9月には東京の仲人が亡くなられた。共に長いお付き合いがあり、とてもお世話になっていた。それぞれ、86歳、90歳。故郷の先生の場合はコロナ禍の中、施設での他界、東京の仲人は御自宅で家族等に看取られての他界だった。
自分も自らの老後、自分の亡くなり方を漠然とではあるが考えざるを得ない年齢になってきた。いや、もう60を過ぎたあたりからそれは折に触れて少しずつ意識している。

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つい先日も、上野千鶴子の新刊「最後まで在宅おひとりさまで機嫌よく」という本を読み終えた。
各界で活躍する「おひとりさま」中高齢女性(未婚、あるいは配偶者に亡くなられて一人の女性)に、その方の生き方、現在の心境、これからの見通しなどを尋ねるものだ。澤地久枝、桐島洋子、若竹千佐子、荻原博子ら10人が登場する。私は「おひとりさま」ではないが、大変面白かった。

なるほどと思うところが沢山出てくる。男は会社でしか通用しない「会社性」は強いが、「社会性」は強くないのではないか。「金持ち」よりも、「人持ち」の方がいいのではないか等々だ。男性が読んでもいい本だと思う。

そんな中、先日新宿の映画館で見て、今年一番の感銘を受けた映画がフランス映画「愛する人に伝える言葉」だ。原題はシンプルに「De Son Vivant」(「彼の人生で」の意味)。

監督:エマニュエル・ベルコ 出演:ブノワ・マジメル カトリーヌ・ドヌーブ他

監督:エマニュエル・ベルコ 出演:ブノワ・マジメル カトリーヌ・ドヌーブ他

30代の独身男性が、回復の見込みのないすい臓ガンのステージ4の段階で、ガン専門病院に入院し、唯一の肉親である母親、そして医者やスタッフと共に闘病する話である。彼は演劇志望の若者に演技を教えている教師だ。
いわゆる、闘病ものとか難病ものとは全く違っている。医者とスタッフが、患者の限りある「生」を少しでも輝かせ、「死」をできるだけ精神的に穏やかに受け入れていくよう患者と家族に働きかけていく。医者やスタッフは何回も研修を開き、自分たちを高めあう。ダンスをしたりギタリストを病室に呼んだりする音楽療法さえ取り入れている。
この医者は自分の考えを押し付けはしない。柔軟で、しかも暖かく人間的である。しかし、患者や家族にウソはつかない。寿命はこれくらいだと率直に言う。患者がそれを知ったうえで、QOL(生活の質)を高めるよう、支えていく。この先生が素晴らしい。こんな先生なら自分もガンを患った時、生を預けたいと思う。

さて、この映画、闘病する患者(ブノワ・マジメル)の人生も浮かび上がる。若い頃、一度は結婚したものの離婚しており、「自分は人生において何も成し遂げていない」と苦しんだりする。
夏に入院して、季節は秋、冬と巡っていくのだが、映画が進むにつれて、彼には男の子がいて、生まれてから一度も会っていないこと、外国に住んでいること、英語圏の国に住んでいることが分かってくる。
書いてしまうと、母親(大女優カトリーヌ・ドヌーブ)は、息子の別れた妻に電話して、息子の現状を伝える。すると、その20歳ほどの男の子が、一人フランスに向かう展開となる。すなわち、映画には、父親と息子が会えるのかというハラハラ感も生まれていく。
何年か振りに、体が震えてしまったシーンがある。衰弱していく病室の息子から離れ、洗面所へ母親が向かい、その後帰ってくるシークエンスである。敢えて書かぬが、もう、思い出しただけで涙が滲む。

久しぶりに買ったパンフレットを読んで驚いた。何と、医者役は、俳優でなく、医者御本人なのだ。素晴らしい言葉は医者としての実践の中から生まれたものだった。だからこそ、心に響くのだろう。彼は、患者に向かってこう言う。周りの人に言ってもらいたい5つの言葉がある、「赦してほしい、私は赦す、ありがとう、さよなら、愛している」だ。これは、闘病している時だけでなく、元気で生きている時にも使いたい言葉ではないかと思った。
人間の死と生について深い洞察がある。今年の新作のマイベスト作品になるだろう。

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好きな映画をもう一本! 見たのは配信だが、今年公開の日本映画「余命10年」もいい映画だった。
タイトル通り、難病にかかり余命が10年しかない小松菜奈演じる茉莉(まつり)と、彼女が出会う和人(坂口健太郎)の恋を描いている。恋によって、生きる意欲に乏しかった和人がだんだん元気になるのがいい。美しい都会の風景描写も印象に残る。
実際に難病で亡くなった小坂流加の小説の映画化である。

(by 新村豊三)

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