両方ともほぼ満員の客席で見たのが新作「君たちはどう生きるか」と「ミッション:インポッシブル/デッドレコニングpart one」だ。
前者は、ポスターに描かれるのは鳥のようなものの絵だけ。これでは何も分からない。ともかく、公開2日目に劇場に駆け付けた。ところが、途中寝てしまった! 嗚呼。
宮崎駿監督の映画で寝たのは「ハウルの動く城」(2004)以来だ。映画が眠気を誘ったのか、集中しなかった私が悪いのか。目覚めた後もウツラウツラしてしまったので、ストーリーがよく分からず何ともコメントできない。
といって、連日酷暑だし、他にも見たい映画が沢山あり、もう一回見る気がなかなか起きない。
筋を書くと、「空襲で母を亡くした真人は、母の実家に疎開。出迎えた母の妹ナツコは、父の後添いとしてお腹の中に子がいる。敷地の一角に謎めいた塔があり、アオサギの妖怪のような男の導きで彼は塔の迷宮世界に入り込む」。――残念ながら、ここまでで眠気を催したのである。
「となりのトトロ」(1988)では、日常的デティールがしっかり描かれる中でトトロが出現するが、全く違和感が無かった。トトロは幼い二人の娘にしか見えないし、背景となるのが昭和の時代、まだまだ森が残っていて神秘的な場所があり、何だかこんな不思議な生き物がいそうな気配があった。「君たちはどう生きるか」は、リアリティとファンタジーの融合が上手く行ってないので、話に惹きつけられなかった。
それから、絵の緻密さが今一つではなかろうか。例えば「風立ちぬ」(2013)と比較すると理解できると思う。「風立ちぬ」では関東大震災、飛行機開発の工場、日常の生活描写にリアリティがあったが…いや、ちゃんと見てない映画について云々するのはもう止めることにしたい。
それより、いい機会なので、プロデューサーである宮崎監督の盟友鈴木敏夫さんについてのあるエピソードを紹介したい。私は学校の教員であったが、教えていた生徒の熱心な働きかけで、鈴木さんが学校の文化祭に来て講演してくださったことがあるのだ。
もう25年も前の話だ。宮崎映画が大好きな生徒がいて、高3の時の文化祭で講演をやってもらおうと、何度も何度も宮崎さんのお家へ依頼の手紙を書き続けたのだ(住所をどうやって知ったのだろう。三鷹のスタジオジブリ宛てに出したのかもしれない)。
そのうち、所沢のお家に呼ばれることになり、宮崎監督本人からは「ボクは講演会はやらない主義なんだ」と言われたが、熱心に頼み続ける。すると、たまたまそばにいた鈴木敏夫さんが、情にほだされて、だったらボクが代わりにやってあげるよと言われて、学校に来られることになったのだ。
あいにく、この日、私は顧問をしていた運動部の試合の引率があり、その講演会には立ち会っていない。盛況であったと聞いた。会場の前の方は、どこで聞きつけたのか、一目で熱心なアニメファンと分かる外部の人で一杯だったそうだ。
25年前はまだSNSも発達してなかったし、生徒もその講演の様子を動画に記録するという発想も技術もなかった。記録が残っていなくて残念だ。
ただ、その生徒が自分の「夢」の実現のために努力したこと、それに応える大人がいたことは、なんだか、とても嬉しいことなのだ。
さて、トム・クルーズの7本目の新作「ミッション:インポッシブル デッドレコニングpart one」は大満足の作品だった。手に入れると世界を支配する力を持つという兵器(「情報を集める」という意味でチャットGTPを想起させる。字幕では「それ」と訳された)を巡るトム・クルーズのチームと敵との攻防を描く。この、「それ」に近づくための2本の鍵を追って、敵味方激しく相乱れていく(ストーリーはさして重要ではなかろう)。
舞台は、アブダビ、ローマ、ベネツィア、オーストリア(ローマではスペイン広場を車が爆走!)。
前半はやや会話劇が多い憾みはあるが、何せ、終盤、トムが高原の道をオートバイに乗って列車を追っかけて行くシークエンスが映画としてスゴイ。
トムは、断崖絶壁からオートバイごとジャンプする、疾走する列車の上で敵とファイトを続ける、列車を切り離すetc. まさに手に汗握る活劇のつるべ打ち。
還暦超えたトム本人が、走る、乗る、飛ぶアクションを演じているのも見事だが、ワイドスクリーンの撮影がまたシャープで爽快感に溢れる。
登場する4人の女優もそれぞれ個性的で魅力がある。お勧めの一作だ。
(by 新村豊三)