ウディ・アレンの自伝と新作「サン・セバスチャンへ、ようこそ」

2019年に出版されたウディ・アレンの自伝を面白く読んだ。丁度新作「セバスチャンへ、ようこそ」の公開も始まった。
ウディ・アレンのイメージは映画ファンによって違うだろう。40年間、面白い映画を撮り続けた才能あふれるアメリカを代表する大監督・脚本家という面を重視するか、1992年に当時21歳の養女との交際の発覚、別の7歳の養女への性的虐待容疑、MeToo運動での批判があった監督と捉えるかで、天と地ほどの差が出て来る。

質量ともに十分な自伝は生い立ち、家族、学校、ショービズ・映画界に入った経緯、付き合った女性、上に挙げた元養女・現在妻のスン・イーとの関係、作品の思い出、役者たちとの交流、評価といったものが書かれている。

出発はコメディのライターだから、文才がある。話し言葉で書かれ、どんどん言葉が溢れて来る、自在にわき道にそれつつ書いているという印象を与える。抜群の記憶力もある。御年、88歳。パワフルではある。

本にもあるが、下町ブルックリンに生まれ、ユダヤ系の知的でない親の許で育っている(家にはほとんど本がない、芝居や美術館に行ったこともない、と記述がある)。IQが相当高い人なのだろう。子供の頃の検査で高いという結果が出て、今でいうギフテッドスクールに行った方がいいと言われたが親の送り迎えが大変なのでしなかったという記述もある。

5歳くらいで既にナーバスで人間嫌いだった少年が、40年代50年代、映画とラジオと野球が好きで楽しく過ごした様子が手に取るように伝わって来る。まあ、言ってみれば、戦後アメリカの大衆娯楽文化の一番いいところを吸収して成長したのだろう。

「サン・セバスチャンへ、ようこそ」監督:ウディ・アレン 出演:ウォーレス・ショーン ジーナ・ガーション他

「サン・セバスチャンへ、ようこそ」監督:ウディ・アレン 出演:ウォーレス・ショーン ジーナ・ガーション他

さて、新作「サン・セバスチャンへ、ようこそ」だ。大学で映画を教え今は小説を執筆中の主人公モートが、映画界で仕事する妻の不倫を疑い、スペインのサン・セバスチャンで行われている映画祭に付いていく。そこで、妻の行動に悩みつつも、ちゃっかり(?)、美人かつ訳アリの女医さんと知り合う話だ。

いつものウディ映画のように、スイスイと映画は進むし、風光明媚な街が写されるし、軽やかな音楽が流れる。映画館で爆笑したのは、その女医さんの現在の夫の描き方で、芸術家なのだが、堂々と(?)アトリエに若い子を連れ込みセックスしている。女医さんと芸術家がスペイン語の早口で怒鳴りあうのがとても面白い。

モートはもちろんウディの分身的存在だ。正直に述べると、モート役の男優さんに華がない。台詞回しも軽快でなくやや鈍重なイメージを与えるのが惜しい。若かりしウディにやってもらいたかったという言わずもがなの感想を持った。
モートは時折、就寝中に、モノクロの名作映画を夢に見、その中に入っていく。これが面白い。ウディが敬愛する、「神」と考えている映画界の巨匠の映画9作品で、「市民ケーン」「81/2」「男と女」「野いちご」「勝手にしやがれ」などだ。カラーで撮られたこの映画の中で、このモノクロの純粋な輝きがとても魅力的だ。

実は、私自身がウディの映画から離れていた時期があった。ところが、コロナ禍になり、ステイホームで、昔の映画を配信やDVDで見るしかない時期になり、見落としていた彼の作品を見始めたら、これが面白いのだ!自伝では自作の映画について沢山語っているので、この一年は本を読んでは映画を見ることをやっていた(逆もあり)。

映画の何が面白いかというと、話が良く出来ていて(時に奇想天外)どんどん思わぬ方向に転がる、また語り口がよくてダレが無く、飽きないということだ。人間性の深いところを知るとか、社会を見る視点が広がるというのは殆んどないが、ハズレがなく、安定した楽しさがある。

「おいしい生活」監督:ウディ・アレン 出演:トレイシー・ウルマン他

「おいしい生活」監督:ウディ・アレン 出演:トレイシー・ウルマン他

好きな映画をもう一本! 一例を挙げると、2000年の「おいしい生活」だ。主役を演じるウディが仲間と銀行強盗をするために地下から穴を掘ろうと計画し、銀行の隣に表向きには奥さん手作りのクッキー屋を開く。ところが、このクッキー屋が大当たりし、いつの間にか大企業に成長する。その奥さん(トレイシー・ウルマン)が、成金金ぴか主義になり、美術鑑定商のイケメンお兄さん(ヒュー・グラント)に熱を上げるという話だが、まことにもって面白い。

因みに、映画の原題は「Small Time Crooks」。直訳すると「三流泥棒」。ウディ映画のタイトルはシンプルなので工夫した邦題が付けられることが多い。2003年「僕のニューヨークライフ」は「Anything Else」だ。

(by 新村豊三)

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