師走、都内の記録映画専門館「ポレポレ東中野」で単館公開されるや連日満員、ついに、一般ミニシアター(例えば「テアトル新宿」)でも上映される異例の大ヒットを続けるのが記録映画「どうすればよかったか?」だ。
姉が統合失調症に掛かり、親が医者に見せず、いわば家に軟禁した家族の20数年を、日本映画大学で映画を学んだ弟が、ずっとカメラを回して記録し、世に出したものだ。
この映画、見る者の立場によって受け取り方がずいぶん違うと思う。故に、映画の感想を詳しく述べる前に、少し個人的な事情を書くことを許してほしい。
友人の奥さんが重い統合失調症で苦しんだ。そのせいもあり、統合失調症を含む精神医学について多少の知識はあるつもりだ。また、自分が先日外科手術で入院を経験したばかり。病室で読んだのが脚本家監督の新藤兼人の本。この「どうすればよかったか?」を見たのが70歳の誕生日。この映画を見たのはそういう状況だった。
この映画、3分の2まで、実はイライラした。人物の声がよく聞こえないし(よって詳しい状況がよく分からない)、両親が医者で父親は大学の先生でもあるのだが、その両親が精神科の専門医に見せることを拒否しているのである。
ところが、残り3分の1が「マジック」のように素晴らしい。奇跡のようだ。ある時点から驚きの怒涛の展開になるのだ。実は簡単な対応の結果なのだが、ネタバレは避けたい。
見ながら、人間の不可思議さ、強さ 、そして、人が生きることの感慨、劇的さを感じざるを得なかった。結果として貴重な家族の記録にもなっている。苦しみながら、姉も家族も生き抜いたのである。姉が還暦を祝うシーンもある(古希の私には感慨深かったが)。
病室で読んだ新藤兼人は「誰でも一度だけ傑作が書ける。それは自分の人生を書くことだ」と言ったが、監督は、姉を巡る家族の人生を傑作にして、この世に出したのである。
この映画は、精神医学の啓蒙になるだろう。極めてパーソナルで、ある意味、姉や家族を晒した映画でもあろうが、監督を静かに支持したいと思う。監督は自らの苦しさや葛藤から、やっと解放されるのではないか。
それにしても、何故、こんなに人が見に来るのか?映画館は若い人も多かった。家族や知り合いに同じような症状を持つ人が知識を得ようと来るのか?看護師志望の人などが来るのか?統合失調症患者が写るからという好奇心で来るのか?しかし、動機は何であれ、多くの人が、私がそうだったように、生きる事の重みを感じて映画館を出ることになるのではなかろうか。
好きな映画をもう一本! 「どうすればよかったか?」を見ながら思い出したのが、「精神」(2009)という作品だ。これは劇場で見たのでなく、人に勧められて2010年ごろにDVDで見て感銘を受けた。
岡山市にある精神科の診療所「コラール岡山」の患者、医師である山本昌知先生やスタッフの日常の記録である。監督は想田和弘。彼の他の作品がそうであるように、ナレーションがないので、画面に目を凝らし自ら内容を理解していくしかない(このことは、長所も欠点もある)。
診療所は、閑静な場所にあり、古い民家の平屋建て。山本先生は70代半ばに見え、淡々と、患者の声に耳を傾け、助言をされる。穏やかで頼もしそうな方である。段々分かってくるが、医師としての報酬は当時月10万円ほど。スタッフから「道楽だ」という声も出たが、その奉仕の貴さに、見ているこちらは自然と居住まいを正すようになる。
診療所は閉鎖的な感じはなく、できるだけ、様々な病気(統合失調症、双極性障害など)を持つ患者が自立できるように、様々な支援を与える。退院の後は掃除や料理と言った「生活」の基本を教えることもされているようだ。
生活保護を受けている方も多く、自殺未遂経験のある患者もいて、色々大変だなあと思う。患者の中には、詩人のように中々ユニークなことを言う人もいて、映画は見ていて全く飽きない。
DVDには特典映像が付いている。映画の完成披露上映会に駆け付けた患者さんが何人も映るのだが、その中に、映画の中では本当に重い状態だった女性が登場する。彼女は、「健常者」に近い回復をされているのだ。これを見た時、人間の回復力のすごさに誇張でなく感嘆した記憶がある。
人間、脆い存在だが、強さも持ち合わせている。一度、いや何度かメンタルおかしくなっても、立ち直れると考えていいのではなかろうか。
(by 新村豊三)